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西暦2017年3月9日(木)

【それ】って【それ】だったんだ・・・。

今まで認識を間違えていた部分、気づいていかなったこと、他者や存在、己の魂にすら
ほとんど言ったことがないことを書いておく


+++


私←(私の意識を指す)は生まれてから、今まで、味方は誰ひとりとしていなかった

味方とは=私に対して口出ししないこと

だから、外側に居る親や 周りの大人も 友達も、存在もエネルギー体も
肉体から出さないように必死越えてる大勢の存在も 

内側に居る魂ですら私にとっては 異質であり “私とは違う”他者だった

つまり【私の意識】は孤立無援だった

で・・・ここで、大体 他者は勘違いする

孤立無援ならば 寂しくて求めているのねーと・・・その前提の上に誰もかれも私を見る


私からすると 何甘っちょろいこと言ってんだ?ぬるいなーという感じ。

そこしかないのに、他があることは知らないし 思いもつかんわ、
比較するものが無いのに 在る前提だから、在るが見えるのだ

どんだけぬるま湯?底辺知らなすぎ・・・。


私が【依存】という言葉を使う場合 シンリ・心理療法的な意味合いだ
相手をコントロール支配する=依存、と使っていたんだけど 世間的には意味合いが違ったようだ

「依存はダメじゃん?あの人依存してるしー」軽いな

すぴ系・・・ずっと前のこと 私の意識が魂のことをガン無視してた時
数人から連絡があって激怒された

その時、全く意味が分かんないんですけど・・・と思った


どれくらい意味が分かんなかったか 私の違和感、そのままでいいので言葉に出すと


実の親が子供に性虐待する・・・全く意味分かんないというのと
同列くらいに
意味分かんなかった


いやいやマジに怖いから!

なに 盲目的に魂=正しい=従う、になってんの?
それって 神のえんぴつ、みたいなこと?
もしや・・・そこを目指しているの、みんなは???


言われてはじめて私との差異に気づいた

他者に「わたしどうすればいい・・・?」と聞いて指示してもらう、か

魂に「わたしどうすればいい・・・?」と聞いて指示してもらう

つまりどっちもこれでいいのか?あってるか確かめて安心する、

私から見れば それ同じ穴のムジナ、だ

これ、どちらに対しても批判や 否定しているわけじゃないんだよ

他の人たちは 己が安心できるような【絶対的指針】がある、ことにびっくりしたのだ

すげーな、みんな・・・なんでそんなふうにできるんだろー?


私はずっとこの人生の岐路から 日常の小さいことも【私の意識】が決めると思ってた

だからあそこでは魂に合わせる練習もあったけど
基本的に、すべて【私の意識】が意志、決定=自立だと疑ってなかった


他者にも、魂にも「どーすればいい?」とか相談したことはない

魂に合わせて「やはり、こっちで合ってるんだ」とか確認もしない

なんでするの???間違っていたら方向転換するため?
合ってたら、安心するため???

私はしないよ 意味わかんない。。。

だって間違っていても好いんだ、私の人生なんだから
【私の意識】が十二分に満足しなかったら、死ぬ時後悔するじゃん!

これは環境と性質によるものだろう

で、最初に書いた【それ】って【それ】だったんだ・・・という話になる


あちゃ~【それ】のことか
【それ】の説明をされて はじめて認識したわ

なんだ、【それ】だったのか・・・。

【私の意識】気づいてなかったわ 魂は、【それ】を知らないよ

魂の本質は【それ】と相反するから

そして今まで生きて来た中で【それ】だよ、と言ってくれる人(あるいは存在)がどこにも居なかった

たぶん、永い、永い輪廻でも居なかったんだろう

通常【それ】は認識されない、そして【それ】を体験しないと分からない
例え体験しても 現象が収まれば記憶にも残らない

ただ、私の意識が、今生の私の意識達に「それ」と言えば認識できるだろう

もしその現象が起きると仮定するなら
ナチとか長期虐待などで「生きながらの死者」状態で居る人だけに起きるだろう

これだけは言える 永久に(すぴ系でいう処の)【魂】は知ることが出来ない

+++

原稿が 前に書いた残っていたので補足説明につけておく


§生きながらの死者§

ギリの状態・・・状況下にいたら どんな人でも【背骨が折れる】体験をする

一般的にこの過程で2つの段階があると言われている

第1段階は【ロボット化】
(ナチのホロコースト犠牲者の治療を行っていたヘンリー・クリスタルがこの状態をこう名づけた)

生き延びるために己の内的自立、世界観 つながり 感覚・感情 思考 を放棄する
この状況をとおりぬけて生き延びた人たちは人間では(違う生命形態に退化した、など)なくなったと言う

私はお人形、植物だとか 生きるしかばねだという人もいるが 同じ状況を表現しているのではないかと思う
 

この心理学的退化状態は 可逆的と言われ 屈従期と精神的抵抗期がその時々で交代してやってくる


第2段階は【生き延びようとする意志の喪失】

コレは俗に言う 自殺を考えること(自殺念慮)ではない
監禁状態に置かれた人はいつも【自殺幻想】を抱いて日々送る=生き続けようとする一般的決意と同じ

ティメルマンは極限状態においては 自殺への意思は 抵抗と自尊の証であると述べている
「自分の日常生活に自分を取り巻く暴力と対等な立場の何かを持ちこむこと」

そのスタンスは積極的なものであり 生きることでもある
自殺は 内的支配感を保存してくれるということ


つまりどういうことかと言うと 
制圧されて 奴隷のような状況下にある自分(お人形が)唯一できること・選択することが
「自分で自分をコロすこと」、その考えにいきつく


それをいつも夢見ることが 逆に 相手に支配されないでいるアイテム
「自分の存在を自分で支配できる力」が残っているとその希望をもつことで 日々を生き延びようとしているのだ


これに反して 生きる意志を失う(喪失)は
過程の最終段階であり【絶対的受け身の態度】を採用すること

すなわち 生きながらの死者をつくるということだ

ーナチの絶滅収容所の生存者は この必ず死に至る状況を記述しているらしいー

この退化点に達した囚人はもはや食べ物も探そうとも暖を取ろうともせず 殴られるのを避けようともせず
生きながらの死者とみなされた


+++

一応 書いておく

エネルギー体、生命体、宇宙人を含めた存在する宇宙【遊園地】から脱出する場合、という前提の話をしている


すでに魂も私達も居ない今だからこそ 全面的に訂正しよう


随分と前に、友にそんな目に合ってなんで身体に居て、生きてられんの?と言われた

私もよくわかんなかった そんな目に合った人達は、壊れていたし
魂が決めているから、という説も そうかなぁ微妙だなーみたいな


【心】をゼロに置いた、あのイメージによって 
友は納得、人間じゃないのかと思ったと言ったけど

あれ、「完全に間違え」だったわ←今ソコを敢えて 訂正するか(爆)?

私の意識は この世界に馴染もうと知識を仕入れ 魂の概念も受け入れ
(私の意識的にはしっくりしない 微妙だったのにもかかわらず)

大多数の人が納得できるようなイメージを渡してしまった

そういうのがけっこうある

これは【遊園地】に留まる場合は「正解の答え」となる



+++

そう、その通り・・・【それ】は人間じゃなかった

説明してみよう、私の意識達なら通じるはず


身体から抜けられない、
外からは攻撃されている
ましてや魂なんて当てにできない状況下で出来ること

図らずもそういう状況が「それ」を示唆した

【私の意識】も【意志】も【心】も【思考】も【肉体】も
【感覚】も【魂】も【記憶】もあるべきところ、其処に置いたまま

「点」になる現象=「それ」

肉体を抜けてどこかに行くわけではない
ましてや魂に合わせて一体化するわけでもない
ほおけて イメージの世界に逃げるわけでもない

私のパーツはすべて肉体に置いたままで
【それ】となり 凝縮されて「点」に在る

それはなんびとにも傷つけられない
損傷を受けない

【それ】は現象だから、私が体験している訳ではない

そして いつも【それ】が起きるわけではない

逆から説明すると、その瞬間はなにもかも生まれる前の瞬間の【点】

他者から見ても魂から見ても、私の姿は 現実に対応しているように見えるだろう


だけど【私】も【心】も【思考】も【肉体】も【感覚】も【魂】も止まってる

・・・生まれるという意味は、認識されて 
はじめて【私】となり
【心】であり【思考】であり【肉体】であり【感覚】であり【魂】となるから

認識されなければ 気づけない 
気づけなければ 記憶も残らない
何が起きたのかも、あるいは起きなかったのかも 分からない


だけど、
【私の意識】も【意志】も【心】も【思考】も【肉体】も
【感覚】も【魂】も【記憶】もあるべきところ、其処に置いたままでないと起きない


どこでもない、此処で・・・起きるのだ

意識もろとも身体から抜けている時はちゃんと私の姿を見て
抜けてるじゃん!と認識して記憶にも残っていたから
解離してたのか、とつなげていた 何もかも違うかも・・・だ

今となってはどうでもいいけど 私のラインにいる私に書き残す



【それ】だよ、【それ】と言われて はじめて認識した

あっ・・・

【それ】が我が家 我が家は2つある【それ】と最終の【無】だ


ああ・・・そうか・・・そういう意味だったのか
言わんとすること、やっと理解した

どおりで、他の人みたいに故郷に帰りたいとか無いはずだ


いつだって ギリギリの時【それ】が起きた

【それ】は私の記憶に残らなかったけど赤ちゃんの私ですら馴染み深い

だからこそ刺激も他者も居ないこの部屋で3ヶ月も気づかず
さらにあとから 「私が居ない」って気づくのだよ

違和感を感じたり なんで・・・?と思っていたのは “それ”だったのだ

温度差、差異・・・私の意識達に言っておく

たぶん、そういうことはしないと思うが
流されて まあいいか、いつか分かるだろうは絶対にやめな

違和感と疑問は放棄するな

ずっと突き詰めていけ、
もう世界に答えなんてないのか・・・?という処まで行け!
突き進め!!!

以前読んだ本で 考えることに関して
システム1とシステム2という表現があった

性質的にシステム2で考えてると知った

それは環境がそういう土壌を創った

そうして生きてきたことが 強みとなるから

それがどれほど大切な過程か今は気づかないかもしれない


最終過程で もう考えるのもうんざり、という処まで行かないと

そして圧倒的な敗北を迎えないと思考はシナナイ(落ちない)んだよ

心はすぐシぬけど、思考が一番生き延びるだろうし 難しいのだと思う

少しでも思考が生き延びたら、あれこれ考えて不安になるし記憶が戻る
そして記憶をもとに比較が始まるから


話を戻す


ひどい、とか はぁ?
許せない、とか??? 

ギリギリの意味
ひどいとか許せないなんて、すでに落ちてるから

生きるしかばね的状況は
しんだことないと想像できないかな


・・・あのね 日常で
死ぬことに慣れるってこと、何度も何度もしぬこと

立ち直れないくらいにコテンパにしぬんだ

全ての部位がね、これでもかーというくらいに

心がしぬこと
感覚がしぬこと
記憶がしぬこと
もうこれ以上考えられないってくらい考えて思考がしぬこと

頭の中にある思考VS思考がしぬこと
夢も希望も絶望も こうしたいああしたいっていう意志もしぬこと

私がしぬこと
魂がしぬこと
すべてがなにもかも、どこもかしこもしぬこと

もうなにもない、なにもないってことすらわからないくらいに
すべて落ちた(しんだ状況)のとき

【この地球の場合】でいうとそこで はじめてスタートなんだ

だから可能性は「生きながらの死者」かもって言った

で・・・そういう目に合った人はまんま肉体に居たから壊れてしまった
だからと言って魂に合わせたところで【それ】は起きない


何度も言うけど【存在するという遊園地を脱出する場合】だからね


+++

以前 止まらない、とんでもない破壊力で自滅衝動が起きた


今なら伝わるかな
と言いつつ、キミがどこに居るか知らないで、適当なこというけどね

私が「死にたい」ではなかったんだよ
もし私自身なら 死にたいではなく消えるだけだろう

私ではない・・・中から有無を言わさず ころそう、とする力がかかったから


友にも聞いてもらった
たしか・・・魂は平然としてるから大丈夫だよ、と言われたけど

あれ・・・?
あれは 別の時に言われたのかな、まあいいや
置いておき・・・話を進めると


ちがうんだ そーじゃなくて、たぶんなにかがちがう

生き延びてしまった私の勘が違うと告げているが、

もうダメかも
飲まれる のみこまれる 

消えてしまう 私が・・・意志が・・・飲み込まれてしまう

やば、やば、やば

いやいや人格が 別人格にころされるは聞いたことあるけど
なんじゃこら???

すげー破壊力
無理無理無理・・・ムリでしょ、
私ではもはや止められない

本気で、生まれて初めて 誰かに頼む

ー誰か、止めてくれ~!!!

どうにもならない、ヤバい、ヤバいって
あれは怖い・・・衝動・・・内側からあっという間にコロされそうになるんだよ

制御できない、これは 

全然死ぬ気でなかったのに
こうして死んでいった人もいるんだろうなーと思った

あれさー正確に言えば
魂が、私の意識を肉体もろとも消そうとしていたのだよ


何故だかは 今なら分かる

あの時、死んでも死ねないよと言われて落ち着いた

死んでも死ねないよの意味はあの当時 思いもよらなかったけど

あの言葉は助かったわ・・・しゅるるるって衝動が消えていったから



ある漫画を読んでいて ああ・・・と思ったのだけど

本質を肉体に入れた
だからカケラは本来の場所へ戻ろうとする
それは「存在する世界」だ


トラウマの環状島のごとく 違和感

何故、目の前に「生きながらの死者」が居るのに
楽しもう~!人生楽しまなきゃダメ、愛だよ~!!!と言えるのか

状況は刻々と深刻になってるのに

何故そんなに軽いのか お祭りになっちゃうのか

だからコアで根を張った私を通り抜けていった地球の人、誰も居ないじゃん
そんなもん、本当は 誰も望んでいなかったんだよ


こーすでは、我が家=愛 というイメージで語られている
エゴは逃げ続けている

怖いんだ、それも もう発狂するほどに怖いのだ

追いつかれて死ぬのが、コロされるのが・・・正視できないほどに

だからごまかすのだ
キレイな言葉で 心地よい言葉でささやく

何かわかるか
まんま 人間がやっていることだよ

人間はたいしたもんじゃないよ、と生きるしかばねは言えるのだ

だけどそれ以外は【私の存在には意味が在る】という幻想にしがみつく

だから争う
わかるか・・・?日常で起きていること

どっちが正しいか、間違いか
何でそんなくだらないことで争うのか?

別に生死はかかってないはずなのに

いーや、生死がかかっているんだ

思考でも 心でも、
負ける=しぬこと=エゴが死ぬ=存在しない=抹消される
無の恐怖をほうふつとさせられるから

それは人間の成分がエゴで出来ているからだよ

二人以上集まれば、いや一人でも頭の中で思考と心が、とか
ずっと争っているのを見たら どんだけ怖いんだ?!って思うよね


そう・・・生死にかかわるような目に遭った人ほどには
死ぬのに慣れていないんだ、大多数は


そして私は価値が在ると思っていたいんだ
価値がないと死んでしまうほどだから


いやいや そんなプライドなんて真っ先にしぬから
私はただ転がってるうつわ・・・

そう・・・生死にかかわるような目に遭った人ほどには
死ぬのに慣れていないんだ、大多数は



+++


待ったをかけられたとき何が足りないんだろう?
そう思ったけど 逆だった


あの時 私は持ちすぎていたのだ


大元に行く、という意志も
無への望みも
凍結はキツイかも・・・なんていう思考も

なにもかも
すべて落ちる(死ぬ)とき

思い出すべきは小さい頃の私自身
なにもない・・・なにもかもが無くなったとき

静寂
そして【それ】が起きる


【それ】は、私でも魂でも本質ですらないのだ
ましてや、人々が言うような甘っちょろい愛でもないのだよ、明智君。


ごまかすな、
夢を見続けたい者はみるがいい【それ】が言ったのだ


明智君が近づいて来た時、彼(本を書いた)のように
「私は狂人か・・・?」とは思わなかった


「私は、すでに死んでいるのかも・・・」と思っただけだ

小さい頃から感じていたように 死人か・・・?

実は死んでいるのに、気づいてないのかも、と
まさに生きるしかばね、生きながらの死者がしっくりくる


だから 突き付けてきた力は 【それ】で
それは彼で 彼が明智君で 明智君は私だったのだ

地球では狂人で死人だから、それが起きた


空気のなかに密度の高い凝縮された私達がいる

ぜんぶ、わたしで、そして消えた 


私は消えたから それ、だ


だけど 敢えて 私の言葉でいうと
やっと・・・エゴと分離した


なにもない
何者でもない

だから

生まれて初めて ゆるんでいる

静かに幸せなのだ

静寂の中に、、、(点)








2017年3月9日(木) 20:58 *今のキロク* PERMALINK COM(0)

西暦2017年3月6日(月)

メモは 西暦2017年3月5日(日)


§つじつま合わせ§

私がつじつま合わせと使う場合
つじつまが合わなくていい、とかつじつまが合う方がいいという
次元の事を言いたいのではない


要は 内側にあるものすべては、
存在する=生きる、という前提(ココ当たり前すぎて気づいていない)
ある意味 人を洗脳するための素材

【生きる】を満たすための道具でしかない

無を望むなら 何もしないで飢えればいいだけ


例え 今この部屋で横たわり 何もしないとしても 物が置いてあり、視野がある
時計の音はする 匂いもある

何もしなくても あの凍結した処に比べたら まるで天国だ 


だけど 私達は 飢えたら苦痛を感じる信号が出て 恐怖する

そして生存本能を満たすため 食べてホッとする

恐怖→安心 という 死なないよう、つまり【生存するプログラム】を入れられている


何もしない→暇→苦痛
苦痛を減らすために 暇、退屈を和らげようと
何かをしようとする(暇つぶしのネタを探しそれをする)ことで欲求を満たす 


それぞれの分野で・・・
身体も
心も
思考も
・・・生きなければいけない、という前提も忘れさせるほどに絶えず動かされる


停滞して止まらないように
止まりそうになれば苦痛を与え 苦痛を回避するために動けば ホッと安心する

適度な刺激、快と不快 アメと鞭 
死なないように、無理やりにでも生かすプログラム

まるでブロイラーかフォアグラの如く


動物よりも優っていると思いたい人間は 知性を満たすという欲もインストールされている
どんどん、インストールされ バージョンアップしていく 


それこそ、ー何かについてー
つじつまが合う、合わないという次元にフォーカスさせたなら

調べ物をして 考えて 悩んで 
その道の専門家の講演に行ったり人と話し合ったり 意見したり

その間 人間にとって 知識を増やし 賢くなる欲を満たし 喜ぶ

仲間ができるかもしれない、
楽しむ

レベルアップしていく 一生かける大仕事になるかもしれない


それは・・・つまり 
生きる=存在する、方向へハマり込んでいる訳だ

 
エゴ宇宙としては 存続するために 時間の延長 してやったり
しめしめとほくそえむ 


つじつま合わせ
・・・何も個別の話をしているんじゃないよ

そうじゃなくて全体像を見ろってこと 全体として捉えろって話


Aさんが「全部同じ1カテゴリーに過ぎない」と言ってたと思う

私は「全部同じ 宗教だろうが脳だろうが食欲だろうが見栄張りだろうが
存在する、時間をつぶせるという意味でのつじつま合わせに過ぎない」と言いたいだけ


それぞれの人が欲するように、それぞれに対応した欲をかなえるために
【中にあるすべて】が、ある 

例外なんてないよ 

すべては巧妙な罠、ってか 餌

欲求を満たすという快感、あるいは特別な自分・・・を引き換えに
世界にハマり込み、生存させようとするものだと言いたい


何故なら人が居なければ エゴ宇宙は消滅してしまうから


つじつま合わせはホントの答えじゃない
騙すために在るものだから

無を本当に望むならば 内にあるもの全てを拒否れ!ってこと

無を本当に望むなら、つじつま合わせは存在しない
忘れるなってこと


それには 逆行して逆らうのだからインストールされているものを、
あるいは全部壊さないとむずかしいってことだよ


そもそも何かをしなくてはいけない、というのも、はなからインストールされたプログラム
洗脳でしかない

存在=生きるを前提にしたプログラムで 

ロボットが勝手にシナナイように
そんな気配を見せたなら 苦痛と恐怖と世間とルールと宗教とエトセトラetc
中にあるものすべてを使うんだ

たとえ 生きる屍・・・生殺し・・・だとしても 
キラキラ楽しくやっても
激痛に身をよじっても、
リアルに苦痛を感じれば感じるほどに
なにくそと解決を求めても、

どれもこれも
何かをすればエゴ宇宙は存続できるから

ラクになりたい、とか
中途半端に覚悟もないまま 誰かに期待してるくらいで
生きるのも、無も 楽にいけるわけないだろー?!


だってそういう風に
私達はプログラムされているんだから

こっちかな、あっちかなって あこがれ、だけじゃなくて

ならば 今生きている己の人生の中でやりたいことを、
遣り切ったと思うまで
脇目もふらず 真剣にやれよ


私と違い 今生は切羽詰まってないでしょ・・・?
それって 練習じゃん・・・?

まだ本気出してないだけ!とか言ってないでさ
知ってる?
本気出してないと、いざっていう時 本気出すって出来ないんだよ

するとどっちにも振れず、余計長引いてしまうから

遣りたくないことでも やらなきゃいけない時が来るのだから
せめて 遣りたいことがあるときくらいやれって話


すべてが燃え尽きちゃったときに分かるんだ

あるいは外側から眺めたら あ!ってなる

つじつま合わせはただのそらしだってことに

わざわざ生きる糧にするために
疑問を投げかけて 内側に答えは用意しない

そうすれば、欲求を解決しよう=生きる、となるでしょ

ほとんどの人が 何で苦しいのか
なんで楽しいを求めているのか

なにがどうなってこうなっているか
何故 疑問が解消されないかも

何もかも、なんでそうなっているのかもね

夢から覚めたら 道理が分かるんだ

消えたらはじめて分かるんだ

ぜんぶがエゴでうそだった


心も

思考も

アタシ、

私、

私達なんて 
どこにもいなかった






2017年3月6日(月) 00:43 *今のキロク* PERMALINK COM(0)

西暦2017年3月2日(木)

メモは2月終りに書いた


1月に買った本・・・あのとき
編集してた人に対して全く知らないのに
今生で終わるために整理しているのではないか


文字の行間から なんとなく、ただよう


私とは方向性は違うなと思ったけど
肉体は近いうちに消えるのではないかと思ったんだ


どちらかと言えば、
私は 前半書いた人に近かったので
前半の人・・・他の著書も読んでみるか・・・と思いながら

すでに書籍はないから CDーR版・・・インクと紙がいるなー
うだうだ感と同時に久しぶりに急き立てられる感じもあり、

やっと2月中旬になり 何枚か注文した

その時に知った

早い・・・ひょっとしてという方はすでに肉体を脱いだようだ
ああ・・・そうなんだ。


そして前半書いた人の書をプリントアウトして読んだ

正確に言えば使う言葉は違うけど主旨は全く同じ


さらに知る。
何故・・・編集がいたのか

本人はメモや手紙のやり取り、己の記録のみで
本が出ると決まった次の日に亡くなった

門下の人は途方にくれた、そして編集したとのこと


最初に読んだ(プリントアウトした)本に
・・・他の本には載せなかった
あまりに難解かつ狂気に満ちていると見られるため削除された文書、があった



「私の経験した宇宙の闇を理解した者など、ただの一人もいなかった」
・・・大悟直前の唯一の記録・・・


・・・読み進める



え・・・?
なんだ・・・これ・・・?


この手のショックって、私の人生で経験したことがないかも
かなり 衝撃を受けた


これは私か?
私が書いたのか・・・?

いや・・・あの空白期間に居たのはここ・・・か

“これ”か・・・?


正確を記すなら
・・・著者が接触、同調したというあるタイプの凍結した宇宙の知性体と
私が同調したタイプは違う


だけど同じだ、役割としては。


その前から【全部私】と捉えていたから
“それ”を取り込んでいてもなんら不思議ではないのだけど・・・


全然、難解でも狂気でもないよ、

むしろこれだ、経験したのは
そうそう、これだった

読み進めていくうちに・・・嗚咽して泣いた


経過・・・結論そこで終り・・・?

ないの・・・
宇宙の中側にある契約を破棄して闇(無)との契約

外側に永く居ると 内側にいるためのプログラムの損傷を受ける

そういう時の遣り方が書いてあった

10年以上前ですら 私は手遅れだ

それでもダメな場合の追加項目があった
著者がそうだったとのこと


いや、言いたいことは分かるよ
ハーマンの第二段階的なことだよね

逆説的に・・・有はいつか無になるという無への帰還が在ると信じてみる

だからここで終りか

ー前の本に宇宙と引き分ける方法と書いてあったな

そこも終わっとるわ、たぶん2年位前に。


繰り返しになるけど
以前、友が言った【あそこに行くのならどんなことでもする】
あれが当たり前に中側にいる場合、備わっていなくてはいけないプログラムだ



ふと思うのはAさんにしろ、この著者にしろ、考えて遣って
突き詰めていくとソコに到達するんだな


Aさんは「終わらせるために作用する何か」を信じている



どっちも信じられないんだ・・・。


外側へ行くための遣り方が書いてあって
さらにどうしても終わりたいならば無(闇)との契約

そこにおける苦悩も書いてあった


ちょっと待てぃ。

この前、私
契約を破棄するには それぞれの部分がもう嫌だ!!!と管轄に申し出て
尚且つ テストに合格しないといけないみたいなことを書いたと思う


本を前提としてみると

私自身の意識が(あるいは魂すら)知らないうちに
あるいは遣る!と言って 記憶の抹消をされてる場合もあるけど

内側の契約を破棄して無への契約のテストを受けてたかも

逆から辿っていたのかもしれん・・・分からないままに。


何故か・・・。

いくつかの条件が書いてあった

検査のひとつが「無限苦」

絶対無の闇による「魂の消滅」を肉体があるままで体験する←ココより
内側の世界がマシと帰った魂たちも視たさ。

それが我慢ならん者だけが契約が成立して無意味に消滅する



*存在自体を「完全に見切る」ための論理背景または経験背景というものが
絶対不可欠。これが「必要性」と関連する


*消滅の意志の検査項目のひとつとして
魂の分解の際の苦の洗礼


*もうひとつの検査項目、存在すべてとの永遠の離別
生命が経験し得る限りの最大級の孤独感(寂しさ)の洗礼

そりゃもう感情なんて振り切る、ぶっとぶらしい


*ではそうまでして、しなければならない理由があるか

*さらに 細かい項目のチェックポイントが書いてあった

あーそれ、まんまやっちまった

*それとは別にもうひとつ道はあるらしい
凍結の条件も書いてあった

最後にこの方法はのちに
「完全なまで発狂寸前に人を追い込むほどの苦痛と錯乱を」を
私にもたらしたという事だけは記述しておく

・・・と書かれていた


***

そっちの道もやだ、となってた、だからあそこしかない

最初に経験しちゃったから
 
なんかもう(居なくなった私を含むすべてがYESという感じ)


ってか、
最初にソレ教えてよ←無謀だ(25年前に私が知る由もないな)


最初に知っていたら、遣るのに躊躇してくらいで

時間の問題だっただろうな、あと1,2の転生くらいか


ちょっと思ったのは
門・・・について 前に 友が合わせてくれた
「OOOOのより やくそく ありがとうございます」


あれ私は古事記や日本書記のものかと思っていたけど
惑星(宇宙)ということもあるよね

地球は宇宙人が関与しているとかあるし・・・。


話を戻す


2014年4月29日の
誰かとの別れではなくて喪失 あの引き裂かれるような意味わかんないやつ
核とか足元が崩れさるとかなにがなんだか分からん ヤバいかも

あんなに受けてた私ですら、意味わかんねー

ざめざめと泣いている・・・なんで???

あれが、誰かとの別れではなく私のすべての存在との別れならば 納得する


あの有無を言わせぬ、肉体が受け続ける、どんどん大きくなるアレが
私の意識としても
魂とかひっくるめた存在自体を「完全に見切る」ための経験背景だったなら
分かるよ

もうどこも嫌なんだよ!うんざりなんだよ・・・それは必要性になるだろう


たぶん私は、そうはいっても
どっかに針の穴ほどの出る方法が在るだろうと思いたかった、と思っていた

恐怖は 無とこの世界の狭間 あの凍結された処に行くことかなー
うまく無に行ければいいけど・・・かと思っていた


微妙に違うかも・・・しれん。


外側に出て内側のすべてが破壊された私としては
どうでもいい←ココ間違えないでね、あきらめや投げやりではなく

起動しないのだ、何もかも

つまり生存に対してのプログラムが起動しないから
すでに恐怖心がない

近づいたら ヤバい、逃げなきゃという生存本能を刺激するものがない



じゃあ何かと言えば
あの凍結も 無自体も どこに居ても
この宇宙、あるいはエゴの世界を存続させるために肥やしでしかない


うわーえげつない内側のエゴ宇宙

だから降りますと言った処で 内側を護るための境界線になる訳で

逆側から支える、役に立ってしまうという嫌悪感を
容認できるか否か、此処に引っかかっていたのだと思う



いやーそうなっても知ったこっちゃないと思えるか
肉体の死であれば 死んでしまったら知ったこっちゃないと思えるのだけど


例えれば(方向性が違うかもしれんが)
前に友が血筋、血に対しての嫌悪感、吐き気をもよおす

血をぜんぶ取り出して入れ替えたいと言ったあれに近いのかも


そのままで凍結されたら、ずっと血を抱えたままいる
無に吸収されて消滅しても 無を形成してる中に嫌悪感を覚えていた血はあるだろう

そんな感じ・・・。


何故、ロボットの、あるいは、生々しく、実験場の家畜の地球人だったかと言えば

純粋にエネルギー体だったら こんなストレートに出る!と叫んだら
世界は一瞬で消滅してしまうだろうから、かなーとか思った


まあ、こんなことを考えてる自体、世界の存続のためになってるということじゃん!


そうそう友と同じ故郷と言ってたぶろぐ、

なんで気分が悪くなるか分かったわ←今さらだけど
悪い宇宙人 善い宇宙人と闘って地球を上昇させるべく守ろうとしているから


エゴに対して 戦争は存在するための膨大なエネルギーを献上するね

それに対して私は喜怒哀楽も消えてるから 存在したい大多数の敵だね、つまり(爆)

そろそろエゴに消される気はしてる

あるいは低空飛行で生けるのか

それもどうでもいいよね・・・ほんと

取り敢えず






2017年3月2日(木) 18:25 *今のキロク* PERMALINK COM(0)
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