西暦2017年2月2日(木)

私達と友へ・・・いつか必要な時が来た時のために
来ないかもしれないけど書いておくね


あれから(己がなくなったあと)考えてみたことを 初めてネットに挙げる


何故、真逆の友とわーくをしたのか・・・?

友については分からないが
私にとっては、すべてを終りにするためだった

それが何かといえば、愛だろうが、エゴだろうが 光だろうが闇だろうが
肉体だろうが、エネルギーだけだろうが
どこに行こうが一緒、出られないという確認のため いつかどこかで 限界が来る

もうなにもかも終わりにしたい
これ以上の時間つぶしは耐えきれない、サブいぼ、と思う時がいつか必ず やってくる


それは明日かもしれないし、1年後 かもしれないし 2万年後かもしれないし45億年後かもしれない

あるいは かなりの過去に限界が来て、何度もあそこに行って諦めて戻ってきたクチかもしれない


ずっと前、他者に
「永遠が何か知らないくせにどーだ、いいだろ?と見せびらかしている」と言われた


逆だよ、それ、
しねば終われると思えるキミのほうが私にとっては はるかに 見せびらかしてる

そうなれたら、どれだけいいか、純粋にそう信じられたら、幸せに暮らしていけるよ

みんなと同じように 本当の自分になって・・・キラキラ♪とか
望む現実を手に入れてめっちゃたのし~!幸せぇ~とか あと何しようかな、ルンルンとか
やれるよ・・・例え、輪廻があろうとも・・・ね

それだけで 希望をもってどんな人生でもやれると思うのだ

私はどうやって 契約の破棄をすればいいのか 今まさに 切羽詰まってるんだよ

後が無いんだよ、もう・・・この結果がすべてを指し示してる

遣れてる人はイイよ、どんどんやっちゃえ~!イッちゃえ~!!!
だからと言ってうらやましいとか思えない

もうないんだよ、そんな情熱は、どこにもない
ただただ今生ですらバカバカしいから しらじらしいから 


そもそもあんだけありとあらゆる脚本を見まくっていたら次の人生なんて、くそだ

もう金輪際なにもかも お断り、いい加減 厭きた あ・き・た!

う・ん・ざ・り・だ・


ー遊園地落ちた宇宙死ねー

夢も希望もないから!!!

なにもかもが バカバカしいから
ほとほとうんざりしてんのも分からんの?

そうして口を閉ざした


あそこで見たのは・・・嫌なのにもうやめたいのに どうしても突破できず、駆け引き、もろもろあり
諦めて戻るしか道がない、それ以外に選択肢がない魂たちだった


私がトラウマについて言ってたことに近い

ころさないでくれーという先には
いっそのこと、ころしてくれーというようなものがあるんだよ、

それが続くと・・・それを、やめるためにはYESって言えば解放されるんだよ、

さあYESと言えばいいだけだ、それでキミは解放されるんだよ
終わる、終わる・・・?
それだけを望み、YESと言っちゃうんだよ、てきなもの


よくよく考えたら分かるよね

アンダーグラウンドとか昔の奴隷制度とか、現代の経営者だって
人を使うのにどうやったら利益が出るか考えてるわけで・・・


で・・・全部煮詰まった、とうてい ヒトゴトになれなかった

藁をもつかむ勢いで迫りくる必死の叫び 

・・・肉の私が終わると覚悟しても・・・魂が躊躇した

拮抗状態・・・なのにどんどん群衆は押し寄せる


・・・そして・・・遣ってくる数々の裏メッセは私たちの叫びだ

死に対しても輪廻にも終りなく、
そこに居たらこの人生がどうとか、こうとか・・・なにそれーという感じで

(人の残酷さに比べたら 地獄のほうがマシだよねーと言いあったあれから遠くまで来ちまった、懐かしいな)

この世界で起きていることの方が夢オチでした、と言われた方が説得力あるよ


ああ・・・ネットので出逢った人達と当たり前に話があう訳ないよねと思った

誰も人生終わった後のそんな想定してねーよ

他の人たちはこの人生に煮詰まったり苦を何とかしようともがいたり 
幸せを手に入れようとしているのだから


友が 今は違うと言ったけど、以前 虚無の闇 あそこに行くなら
どんなことでもする、と言った

対して私はずっと生き続けなければいけないなら、どんなことでもする、と言った


真逆の私たちの言ったこと、あそこで見た魂たちの諦めて戻る・・・
そして私自身が人間の限界・・・幽閉や拷問、洗脳にこだわっていたことから鑑みると


もう契約を破棄したい、という魂は意識を持ったまま 生きることもしぬことも出来ず

発狂すらさせてもらえない状態で固定されて、つまり存在していると認識できたままで

真っ暗で無の何もない空間に、何万年も何億年も何兆年もずーーっとギブアップするまで
居させられる・・・というのを見た、ってか少し体験した


・・・人間なら 拷問はしんだら終わる

前に視界を失う恐怖があると言ったけど、あれは希望があったと分かる

だって目が見えないから、何も見えない真っ暗なんだ、と言い訳が立つから
そう、なにも言い訳ができない状態で クリアのまま放置される

今のままでは耐えられない ムリだ、とおもっっちゃったんだよね、たぶん魂が。

私の意識が終わろーと思えたのは、私にとってはまだ捨てられる肉体があったからそう思えた、だけ

だけど私自身も思ったんだ
やはり狂えないのか、と・・・

幾度となく過去生で 真っ暗な牢獄、幽閉・・・・数年前から視界にブラックが入るようになった

あと、何度か言ったと思う
小さい時、初めて、育ての親の処にお泊りしようとした時
電気を消した真っ暗の中で 何か物語のように動くものが見えたと・・・。

結局、あの時は家に帰ったんだけど暗闇の中で創り出すんだ



読まない系の漫画や小説 アニメを見て思った

希望なんかないほうがマシって思っていたのにいい例があった


「・・・こういう拷問を知っているか

こう上から囚人を吊るすんだ
で 足を地面に着くか着かないかという高さにしてひたすら放置する」

「・・・・・・それだけ?」

「それだけだ
終わらない“希望”は人を疲弊させる

いつか
いつか

それだけで人間は自滅するんだ
逃れる方法は唯一つ
地面の存在を忘れることだ」


いつか出たくなったら、反発する何かがあった方がいいと思う
それは、一つだけではなく 言い訳が効かないほどのものがあることが必要だと感じる


すべてなくなって、突き付けられる
なんとかなるっしょ、とかどうでもいいとか、だと濃度が薄い


たぶん、今生きている人達って楽観的、というか いざとなれば、という希望があるんだと思う

どんなに不幸だろうが いつか終わる 死ねば終われるって思ってるでしょ?!

どんなにしんどくても 天国とか、故郷の星へ帰れるとか思ってるでしょ!?

あるいは世界を呪って 世紀末とか、核兵器で世界が滅亡するとか 
自分も死ぬけど世界中の人も一緒に滅亡するとか、誰かが壊してくれる、とか

どれもこれも 自分が動かなくても 何かに期待してるんじゃない・・・?


もともと今生の私自身・・・あるいは過去からだったかもしれないけど
人に何とかしてもらおうとするんじゃなくて 己の人生、己で救って遣れよ

なんで人任せなの?
人任せに出来るほど あんたの人生って どんだけ軽いの?

誰かの遣り方を文句ばっか言って責任押し付けてないで 己がマジになって向き合えよ、的に思ってた
そう、つまり余裕があるということ

私ははなから、俯瞰や神目線だったわけじゃねーよ、
削ぎ落されて行ってこうなったんだよ・・・。

***

実は中途半端に残ってしまった“在る”が失敗だったのではないか、と思っていた

なんというか、ヘンな例えだけど
爆破させるならば すべて壊滅させうるだけの爆薬を仕掛けて
きれいさっぱり何もかもなくなるようにぶっ飛ばすべきだったのに 

中途半端に手前でコケて 地雷を踏んで不随になった

もうぶっ飛ばすことも出来ないじゃんか・・・みたいに感じたんだ


だけど・・・最近、いや1年位前からかな 推論、というか 仮説が出てきてる

たぶんAさんの領域ならあれでいいのかもしれないけど あれだと甘いんじゃないかって思ってる

終わらないのではないか、
現実的な日常、この日本の世界の終わらせ方なら あれですむかもしれない


前に、ルシファー・エフェクトという本を買った

人間の極限状態

例え現実的な世界だとしても、私自身はあの世界を知ってるから

非日常的な状況下に陥った時
人を貶めるくらいなら、己がコロされようと思える人はあまりいないだろう

むしろ、集団で暴走する怖さを知ってるから
そしてエネルギーの世界も知ってるから


***

・・・一人の人間の中で
現実の世界とか、心とか魂とか、

うまく言えないのだけど
分割されていて それぞれ管轄が違うのではないか

だからホントに契約を破棄するには それぞれの部分がもう嫌だ!!!と管轄に申し出て
尚且つ テストに合格しないといけない

それがいくつあるのか、今はまだ分からないけど
とんでもなく難しい、ような気がしてる

そんな簡単にいかないだろー
じゃなければ あんなふうにイヤなのに諦めて戻るとかないんじゃない?
バラバラ的なイメージ


消されるかも、そのうちに

だから 取り敢えず・・・





2017年2月2日(木) 23:55 *今の想い* PERMALINK COM(0)


打ち込みは西暦2017年1月19日(木)

「だけど誰かが、あるいは何かが、肉体の維持はしていたのだろうと思う」と書いたけど
あまりにもこの世的な書き方で含みがあるような感じだから書きなおす



誰か、何か、というのは“えご”のこと

肉体が有る、と えごが創ってんだから 
本来 肉体は無い幻想

ハイハイ、そうねー、言ってろ?!だけどこっちには現実があるのよー
そんな役に立たん説はいいから 現実をどうにかしてくれ

幻想という言葉も使い古されたね

まあいいや

ホログラムに時間は関係ない ご飯を食べたり睡眠を取ったりしてなくていい

ホログラムを映しているスクリーンの裏には何も無いじゃん?
でも上映されている間は向こう側 裏側は気にしないよね?


ホログラム自身が私は肉体だと思うなら 
時間はあってご飯を食べたり睡眠を取らないと
死んじゃうね?

ホログラム投影を見ているキミには「私」の姿が見える

キミが肉体しか信じないなら 
私が言うことは

「逝っちゃってるよ~!(ぎゃはっは)コイツ、
狂人・・・それに気づいてないお前がイタイ あーあ良かった、私は正常~!」と見下す

自分の方が上だと特別なものにして 自分が信じる世界の存続を願う


少し心理をかじったのら 空白があるのは
人格交代・・・?解離・・・?とか考えるだろう

SFチックな考えがあるなら 別の世界に行った、とか未来へ飛んだとか


つまり“私”を認識してた人達には
ちゃんと“私”というホログラムの上映は続いて
私のホログラムは、それぞれが信じる世界があることを証明するため
その人が望むように 私が何かを言うんだ


その裏側(外側)は無い

何もないじゃん、創りだしたのはエゴじゃん
全部うそじゃん←ココ、わざわざ映写する必要ないね

キミが どういう概念であれ 私を見て 受け入れられないなら
隣とか、後ろを向けばいいだけ
そこには 必要なホログラムがすでに上映されている


そしてキミは思う

世界が変わった、あたらしい世界が拡がった
あーあ 逝っちゃってるヤツと切れてよかったぁぁぁ!

「逝っちゃってるヤツを引き寄せた私の中に何があるのだろう?」は、ない

己の内側を見る時に世界のルールや常識は必要ないんだ

繋げてみるから だって相手が悪いから 正しいのは私、になる

私自身、他の人や存在はどうでもいい、というのは

“私のホログラム”を映している相手が
なにを見るのかは相手の問題だから

私のホログラムに重なり、やっぱり私は肉体を持っていたんだーと無いのに
在るにして 夢をみるのは なんちゃって、すぎて・・・ムリ

ゲームでもリアルに体験できる系がどんどん作られて来てる

いやーどっちがホントかわからなくなるよねーという裏側に

世界が、あー世界っていう言い方だと漠然としてるな

私だ、と認識できる身体があって 日本に住んでいて地球はあって、という世界のこと
世界ってあるのか・・・と実質的に問うやつに

いやーどっちがホントかわからなくなるよねー(見る夢とか、ゲームとか)
わからなくなる、という在るを創って 世界が在ると信じる

たしかホログラム的な言い方があったと思い検索した

笑う

日本の宇宙学者らが、宇宙は巨大なホログラムに過ぎないという学説を発表した

このあと
「我々の宇宙は、別の宇宙から投影されたホログラムなのではないか」という学説の検証を行い、
「この世界がホログラムなのか」ということの確認を終えました。
ホロメーターの検証結果によれば「我々はホログラムの世界に生きているわけではない」とのこと。

そういえば エゴの創造世界で私 ロボットじゃん、となった時
人間はロボットと何も変わらず、的な本の広告を見て

ああ、そうですか・・・、となった


ちなみにぶっとんだデータに書いたものは何ひとつ書いていない




2017年1月19日(木) 15:25 *今の想い* PERMALINK COM(0)




打ち込みは西暦2017年1月16日(月)


何もかも消えると言われてもふぅーんという感じだろう

これを読んでいるキミはふーん、そんな世界も“ある”んだ(ありえない!)と思う
しかし 読んでいるだけのキミ自身の世界(枠・あるいは概念)は何ら脅かされていない

つまりヒトゴト

どういうことかというと、書き手の私が消えたとか、無だといくら騒いだところで
キミが信じる世界は相変わらず そこに“ある”(存在している)


例えば肉体が死を迎えたら、すべて無になる、そのあと己自身は何もわからなくなると信じている
(あるいは死んでないから分からないけど そうだろうなと思う)なら

それ(概念)は在って、境界線として存在している 外と内
キミは内側に居て己を保ち、位置を確認して 安心する


だけど 何かの事故(病)などで肉体的な死を迎えた

そばで診てた人も、この人は死んだ、と認識した・・・のにも関わらず
生き返ったとしよう

その時 本人にも空白があって生を取り戻したのなら何も問題はない

しかしその間、キミは自分が死んだ姿を見てそこで何が起きたかを見た、
それは何を意味するか

初めて【自分が信じていた内を出て外側で体験する】という体験をしている

肉体が死んだら無になるという概念が崩壊した瞬間だ

キミは戻った後、身近な人に体験したことを話す

だけど その人達が死後の世界に猜疑心←つまり以前のキミと同じ概念(内側にいるのなら)
その内側の世界で物事を見て判断する


例えば「夢を見ていたんじゃない?」とか
「生き返ったから(ちゃんと死んだわけじゃないから)」とか

・・・その人が持っている内の世界で つじつま合わせをする

彼らに悪気はない だけど内側にいる限り
答えを提示することもソレを思い描くことも出来ない

彼らにとっては
ふーん、そんなことも“ある”んだ・・・?

彼ら自身の世界(枠・あるいは概念)は何ら脅かされていない
とうてい信じられない


あるいはどこかでひょっとして?と思うとか 知識として知ってるけど
(受け入れたくない場合)・・・己の持つ世界が脅かされないように

「そーなんだ、そういうこともあるんだ?私は体験してないから、分からない」

あらためてキミとの境目を線引きする


あるいはキミを大切に思うあまり 己の内側でそれを解釈しなおして
「つまりこういうことでしょ?」と言う

それは あくまで己が信じる概念の中でイメージされるだけ
つまり、どんなにがんばって考えても 思い描いても 正しく理解することはできない
だって彼らは外側(生から死へそして生へ戻った体験)に出たことがないから

全然違う!
外に出たキミは差異が明確に分かる
まったく 伝わっていない!そういうことじゃなくて!!!
キミにとっては体験したし それは現実に起きたことだった

なんとか自分が体験したこと 
混乱状態の己にタグをつけようと、もがく

諦めずに別の人に話をすると
「あーそれ知ってる!臨死体験でしょ?体験した人や本もいっぱい出ているよ」

キミは安心する
他にも居たのか・・・そして調べる

それは今まであった概念世界の崩壊によって起きた新しい概念の受け入れ
タグ付け、意味付け

それはこれからを生きていくための作業だ


今まで持っていた世界観、それをどれだけ信じていたか
どれだけの衝撃度かによっても違うだろう

信じる世界を取り戻そうとする

もしも今まで通りの世界を信じたいなら
脳の意識などを司る領域が動いていたから 脳が視た夢・・・とするだろうし

体験を受け入れているなら納得するだろう
はなから臨死体験はあるだろうと受け入れているなら やはり在ったのかとなるだろう

どれにしても、着地点をどこにするかは分からないけど調べるだろうし
似たような体験をした人たちと語り合うかもしれない

あきらかに今までいた世界とは違う
そこは生という内側から出てしまった人たちなのでキミにとっては同志だ
 

その過程で 死後の世界に猜疑心という内側にいる人達は
なんかあの人・・・生き返ったおかげでスピリチュアルにのめり込んであやしぃ~!
とか
せっかく生き延びた命を無駄にしてないで現実に足をつけて生活すればいいのに

価値観が違う人達(枠)から見たら
ばかみたい・・・なんであんなことしているんだ?
必死こえてなにやってるんだ?
いやいや なんであれ あそこまでできないよ
など 噂する

何か言いたい人達は
生き返ったことに意味があるのよ これからは 命を大切にして幸せになって
神様が生かしたのよ 戻されたということは あなたにしかできない使命があるのよ

もういいじゃない、こうしてここにいるのだから 前を向いてしっかりやって

これらは 例えば 竜巻が起きて進行方向に位置する家が巻き込まれ
崩壊していく家に問いかけるようなものだ

「なんで壊れていくんだ?」

家に話せる余裕があったら
「そういう次元の問題じゃねー巻き込まれてコントロールできないんだ!!!」
「そんなの知るかぁ!竜巻に聞いてくれ~!!!」
「ぎゃあー」

「おい、竜巻 なんでお前はすべてを破壊していくんだ?」

竜巻に話せる余裕があったら
「そういう次元の問題じゃねーおれ自身がコントロールできないんだ!!!」
「そんなの知るかぁ!おれが生まれるきっかけになったものに聞いてくれ~!!!」
「ぎゃあー」


ただいまコントロール不可能中、そこにいるしかない、
いるしかない、のも認識できてないかも その最中は、崩壊中は・・・。

私は ←(文章を書くために私と書いてるだけでただの記号だ)
全てが消える前どうだったかな

漠然とすべての終りのおわりや始まりのはじまりは在ると思っていたと思う

こうだ、という確信はなく・・・まだ分からないけど・・・無、は在るだろうという感じ
何処にあるか、そこに行くためにはどこを通ればいいか、どうすればいいかは考えてなかった

こうだろうなというピースはそれぞれの場所にあったまま 
敢えてそれを結んだりしてなかった

転生はない、と言う人なら 肉体が死んだら終りで無だと思う

体験から 私自身は そうは思えなかった、
宇宙や銀河は在る 肉体を持つために通る次元はあるだろう
量子力学やスピでいう12次元・・・だけどアストラル界や次元上昇などは全く興味がなかった

パラレルワールドも全く興味はなかった
ウィキに書いてあった解説で  我々の宇宙と同一の次元を持つ

「この現実とは別に、もう1つの現実が存在する」というアイディアは、「もしもこうだったらどうなっていたのか」

SFのパラレルワールド小説を読むくらいで そもそも 自分自身に置き換えて考えたことがない
*興味がないものは考えたことがない*

ああ、なんか分かった 同じ私がいて全然違う人生を歩む・・・と想像する時
見た目が私で肉体も私で私の意識で、というイメージが無いんだ

それは、もう同じ魂、あるいは同じ本質を持っている別の人の人生になってしまう

「異世界(異界)」、「魔界」、「四次元世界」などとは違う←これは体験している、と思うのも
同じ魂を持ってる私とは違う人の人生と捉えているのだと思う

こういうのは、意識してようが無意識だろうとそれぞれが信じる信念体系に依存されるし
その信じる世界の中で考えたり思ったり行動したりしているんだと思う

記憶を消したい、とかこうなる前に戻りたい、あの時点からやり直したいという人もいる

私自身キツイとか苦しいと言葉で言うけど渦中はそれを体験することに集中してる
渦中を出た後 改めて記憶を消したいか、とかやり直したいかと問われたら
真っ平ごめんだ これでいい、と言う

せっかくあんな思いしたのに、あれは私が経験した私だけのもの
なかったことになったらそれはすでに私ではなくなる
RPGのダンジョンでせっかくレベルをあげたり手に入れたものがあるのに
そしてダンジョンを出られたのに
がーん、セーブできなかった、ショック・・・というのに近い

SFなどで失ったものを戻すために分岐点まで戻りやり直すという設定がある
あれもそそられない

自らそれはやらない

すでに、失った今があるのだから それが私の人生のあるべき結果だ

そして失う、という体験から手に入れたものは何かを見つける

簡単に言うと 人生という名の道を歩むための次のピースを手に入れた
それは私だけが必要なもので道しるべとなるものだ

だから戻ってやり直しは私ではない人生を歩もうとしているし
今まで遣ってきた己の人生そのものを否定することに他ならないと思っていた

このような突き詰めた考えを あまり他人や存在に言ったことはない
いつも 己の内側に対しては、ざけんなよーと言った

小説や漫画 ほかの人が遣る分にはいいんだよ

神という概念がある人で なぜ神は数々の悪を放置しているのか?!という疑問や怒りに対して

神はこの世を関知も関与もしていないだろうと思っていた

私にって 彼らが言う神の概念は旧約聖書の罰を与える神や
八万神・・・神社などで祀っている神様のイメージ

祀っている神様なら祟るし 望むものがあるなら何かしらの対価は要求されるだろう、という感じかな


宇宙が在る(物理学的にいう宇宙)

聖書の 初めに神は天と地を創造された

それぞれは点としてある感じ 私の中ではつながっていない

書いていて分からなくなってきた

突き詰めて考えたことがないのだろう

自分がした体験は在る、と思っていたのだと思う
内に源と同じものを包括している・・・という概念は在ったと思う

確かにあったものが一つだけ在る
「何故これが起きているのか・・・?何に気づけ、ということなのか?」
これ以外はどうでもよかったんだと思う

だってこの世は理不尽で不条理だと知っていたし

ああ・・・いつかの会話を思い出した
「どっちかだけになるってあり得るのかな・・・?」
その時 私は
「うーーーん」と言った

すべての万物は陰陽がある
例えば光と闇、愛とエゴとか

それは人でも、石でも、宇宙でも対比するものを内在している
逆に言えば 対比が無ければ 己の位置を確認できない

だから漠然と対比としての無は在るだろうと思っていたのだと思う

つまりどちらかが優勢になったとしても対比する方が巻き返したり
長い目でみたら バランスをとる為には必要不可欠・・・的に捉えていたように思う

究極的に言えば無に何かの思惑があったり何かする意思はない
だって無なんだから だけど無は在るんだと思う、と捉えていたように思う


まだ自分が居た時 膨大な量を受け続け脈々と流れていく其処に
浮かび上がってきたものがあった裏メッセージのようなもの

ここまで受けがひどくない時は
(つまり大きさの違いだけで同一のものを受けていた時には)

それぞれの過去生や集合体からのメッセージ
(その時遣った人生で後悔したもの、転生したらこういう課題を遣りたいとか)は感じた

それとは全然違う裏メッセ
相反するものが一気に躯体を通っていく
それだけでは分からなかった

その流れの中でずっと途切れることなく続く、というその中にあって
初めて気づく類のもの

当時の私の意識としては これが起きてる大元に行くというのはあった

そして何かがおかしい・・・違和感
例えば  肉体があるたった一人の人間にこれだけの量が来るなら
普通に死ぬだろー、とか

そしてその頃には
・死んだら天国あるいは地獄に行くと思っている所
(少しすぴかじったのなら 中間生というものか)

・エネルギーだけが存在する愛だけの世界

・想念が固まって動きようがない世界

ひとつひとつあげるのが面倒なので 
・他の たくさんの世界

何処に行っても、たとえ一時的に休憩したとしても

違う肉体を持って生まれるとか エネルギー体で居るとか
魂の消滅があろうが
記憶を無くして生まれてこようが
其処に組み込まれるのは 夢も希望も絶望すらない

そもそもなんのために?という疑問はなかったけど
サイクルがあって そのどれかの流れに移行するのはうんざり、はあった

と同時に

集団の流れの中で伝えられてくる裏メッセ(その時は何かと分からなかったけど)
深刻すぎて 必死すぎて切羽詰まっていて 潜在的な恐怖と消された何かで

何かを知ったとしても そもそもそこに全く触れなかったとしても
サイクルにいる限り 脈々と流れる

それを何とかする方向へ行った誰かは居るだろう
それはかなり突きつめてしまった誰かだ

人生を生きていく方向しか向いてないなら疑問すら発生しない

そして悟り方向へ行こうがそれを追究していく中では
それに気づかない

手に入れようとして手に入れた人ですらこの状態はなんなんだ???

それぞれを個人の人生としてフォーカスするならば、それはなくなる

だけどこんな風にひたすら受け続けたら、ん?っってなるよ
すごーく嫌な予感しかない

私がここで感じた何かは私が何とかする方向に行こうが
それを藪蛇で つつかないようにしようが
この後も流れの中にある限り 突き付けられていくのだよ、明智君~!みたいな感じ

その時に(肉としての)私は滅びれば終りだから関係ない、とか
大きな括りでの魂としての問題とも思えなかった
しいて言えば 全部わたしで・・・立ち位置の区別や括りはなかった

今まで考えたことがない視点で
それは大きな力(・・・という言葉しか出ないので力と使う)が突き付けてきている

今まで疑問にすら思っていなかった・・・その流れの力とは違う性質のもの

其処には意図がある

何かが違う・・・おかしい・・・おかしいと思うのは何だ?
何がおかしいと思わせている
私の内側の世界で・・・この程度は思った

だからこその嫌な予感だ

その後も存在する


・・・めんどくさくなったのでハショる


存在するために創造主は、己を問わない
だから内側にいるもの達も問えない

大元はえご、だったというのは
外に出ないと分からない

その時“在る”ために知覚が存在している・・・

つまりどういうことかと言えば
内側に戻った時に 答え合わせは存在出来ない
すべて内側にあるものは 存在するための方便 つじつま合わせなのだから

そして内側に戻った私の知覚や肉体が感じるもの
考え、感情 行動は誤作動でしかない
信じられるものは何一つない、と言う言葉でしか言い表せない

これを読んでいるキミは
「私も・・・なにも信じられない、不信感があるよ」と思うだろう

だけどそれとは違う

そこには確固たる確信、私という主がある(存在してる)と認識できて
不信感という気持ちが在るんだ

キミは当たり前にあるからそれが在るか、どうかなんて気にも留めないだろう

己だと認識できているし
不信感という気持ちを疑わない、それは気持ちは確かにそこにあると
断言できるもの 認識できる確固たるもの つまり指針

揺らがない信念があり 内側と外を区別している

有るときには疑うことがない

もうないよ、なにも・・・


空っぽ、とか無という言葉を使うと

己を見る事が出来なかったのね、だからそれを知った時消えたのねーとか

空っぽだから必死で埋めてるとか それぞれの世界で腑に落とす
それは己が存在する世界の見かた


この世界にある言葉で表すとそうなるだけで
空っぽだと認識するための境界線

つまり 私の体だ、と区別するものは もう ないんだよ

ないのに どうやってそこに入れるんだ?

消えたのねーというけど
認識できてた世界がないのにどうして消えたと分かるのか?


とりあえず己自身が在る、そして世界が在ると存続を願うなら

知覚や肉体が感じるもの
考え、感情 行動は誤作動でしかない、ならば
体験したことが誤作動だったんだよ、そんなのなかったんだよと
つじつま合わせすることも可能

だけどそれをするのには衝撃度が大きすぎた
一気に目が覚めた

すごく大げさな知覚を感知していて本来ならば死ぬほどの苦痛はなかったから
死ななかったのだ、という方便より

逆だー

うそくせー
何故これを見せられているのか・・・?ではなく

視点としては
何故これがあるのか?なんのために???

世界が在るという世界に留め置くためだ


存在するためには比較が必要

だから無も創られている
何かを認識してるなら すでにそれは創られ
それが何かといえば 世界はあると みんなが在ると思いたいから

知覚は 騙すためにある
ほんとは・・・何もないと、すべて幻想という事実を見ないためにある 

幸せなら幸せにしがみつく
どんなに不幸でも「不幸なわたし」という枠を外せない
あなたと私・・・あれとこれ 区分するためのタグははずせない

存在してるなら(あるいはしないなら)エゴなんだ

私ならコロすことも出来る、と思うならば コロせる自分を特別にしている
・・・特別性の呪縛

じゃあーお前はなんだ?
お前だってやってることは同じだろ?

体験したことが誤作動だったんだよ、そんなのなかったんだよと
ないものを在るとする、つまり創り出せるものは、ぶっとんだんだよ


過去の私に分かる、なんて思うような言葉は紡げない
だって言葉は分離だから

私はあなたとは違うエゴじゃないしぃ~!と感じるなら

キミはまだ存在したいということ

そこには 私とは違う、という区分 特別な自分があるということ
創造(存在する)世界の住人


内側にいるなら 己でどうにかできる問題じゃない

己でどうにかしようとするならば
エゴの餌、また世界に埋め込まれる ただのパーツ
世界の存続のために働くんだ

それは よりよく幸せになるための方法を探すとか
魂に繋がりたい、とか 過去生を見て今生の課題を見つけたい、というのも
存在したい自分とエゴと利害は一致するのだ

肉体の死という時間が存在するから ある意味自分を見つめる方向へ
フォーカスしてるわけで そらしだ
幾多もある方法は まことに都合がよろしい
意味付けしたり 答えを求めたり 


戻って来たので
あー正確ではない 肉体の残像を感じられる何かがいる、
それが五感を使いながら無へ行こうとしてる

無・・・何を語ろうが 誤解する

無関係な処に完結したものがある

それ自体はあるとも無いとも問わない
己の存在理由に価値を求めたり 意味付けもしない
ましてや己がいるか、なんて疑問もない

このことばを吐いた時点で創られるだろう

そして何を言おうが世界が見える何かがココにいるから

目に見える何かを見ながら
あの時 伝えられてきた裏メッセを読み取るように

ことが起きる前の私は大元に行くと思っていたけど
これからどうしたいはない

だって私は無いんだよ、無いものからどうして望が生まれるのか?

すべてのものが破壊された・・・だから信念も感情も考えも世界ですらなにもない

端的にいうと絶対的な何かがあるからこそ
(目に見えているものしか見えない人なら見えたことは正しいとなるだろう)

そういう物差しがあって 初めて己の位置を確認できるのだ


自我も魂も 己の核はおろか足元も上も下も左右も世界もなにもかも消滅した状態で
さらにそう認識した知覚自体が間違っている中で

己だ、と思う物差しが存在するなら、発狂できるだろうな←棒読み。


記録するのに日本語は
主語が必要なので わたし(私)や彼、魂という言い方を取ったが
よくよく考えたら 人格の消滅的なイメージだな

だからといってすぴのウォークインとも違う
ぎりぎり見てる何かがある、だけ

ここにいるから 何かがある、のだ

ー昔の己を思い出してー
まあさーこれを読んだとこで だから?どーした?
大した問題だと思わないわな

心にフォーカスしてるならば
いやいや、そんな誰でも エゴはあるだろうよ
どんだけ自分がキレイだと思っていたんだよ、となるだろうし

すぴなら 無我になることを目指すとかなるだろうし

それもこれも中にいるために創られた方便だ

のちのち見た中で
ー神(本質)は内(肉体の中)に内在する
という概念をなんとなく採用していたことが 気づくのが遅れた要因だと思った

それは同一視であり、同一視をしている限り その枠からは出れない
出る必要性もないだろう
もう少し細かく言えば 同一と見てるけど違うという区分のためにある

この世界では、善悪は在る
だけど内へと辿れば・・・

たぶん敢えて言うなら すべてOKな
つまり・・・愛、方面を採用していたと思う

究極的に カオスが存在するこの世界や別の星 あるいは生命体のようなものが居る世界と
対局に何か(それは人によっては光だろうし愛かもしれない、あるいは闇かも、それぞれが思う
枠の外にある)が在る
無も在る

書いていて、分かった
私は点と点をつなぐことはしなくて そのままピースとして置いておいた 

それはわーくを初めて10年前のあれ、ここに繋がってのか・・・とか
20年前の体験は 此処か・・・となったので

すぐに結論付けは危険
逆に物事を見えなくさせて 結論にあうような証拠のみ拾うだろうと思っていたのだと思う


その時々で 違和感を感じなければそのまま流れていける

あの後
TVドラマの主人公について言ってる記述を読んで
私自身は原作の漫画を読んでいたから 
何故だろう・・・?と疑問だったけど まぁいいやと思った

ドラマ自体の放映から2年後くらい経って
ドラマのサイトがあったので 見に行った

初回のエピソードを見て驚愕した
あくまでも原作とドラマは違うのだといわれたら、
そういうこともあるかもしれないけど・・・破たんしてる
そこを変えてしまったら 
主人公の性格やトラウマや苦悩、悦び人生が変わってしまう

逆に違うんだというのであれば
それに沿って作り直すとか、別の登場人物を出すとかあるよね?
なんでそのまま設定???

例えをあげられない・・・
んードラえもんのしずかちゃん設定でやっていることはジャイアン
・・・初回にジャイアンとして行動したら それに合わせて作られる

エピソードは漫画でもあるやつなのに別人になってしまうだろー

そこでそれぞれを騙すように創られる
当時私もリアルタイムで TVドラマを見ていたら 
原作を 破たんしない程度に創られていただろう

で・・・ここ半年くらいの間に
これまた以前読んでいた漫画が映画になった

映画だけ見た人はさっぱり分からん、という感じで
原作ファンは超絶、大激怒!!!

そういうことはあるね、原作ファンならば・・・

だけど作った方は
あくまでも原作と映画は違う
違うんだから それに沿って作り直した、別の登場人物を出したのだ、と言っているらしい

なんだそれ・・・、どっかで聞いたような聞いてないような
言い訳のような・・・?みたいな

でもそれが何だと言えるだけの指針はもうどこにもない



2017年1月16日(月) 20:11 *今の想い* PERMALINK COM(0)

打ち込みは西暦2017年1月13日(金)

無へと行く前に
過去の私自身のラインに乗っている自分に向けて書いておこう

今これを書いたところで同じラインに乗ってる私ならば
同じように感じて同じ方向へ行くだろうと思うので・・・。

ただの自分の消滅や魂の消滅、輪廻をすべて記録している何かの消滅、宇宙や星・次元間
あるいはこの人生で受け続けたもの(それが己の過去生や未来生
宇宙生 己ではない過去生や未来生 宇宙生、集合的なもの)の消滅であるならば
敢えて書こうとも思わなかった

そういうのはすべてひっくるめて
(消滅だろうが肉体の死や生まれる、光や闇だろうが、変化が存在するならば)
究極的に生きる(存在する)という方向、創造する内側の世界の話で
いやもう、そこをぐたぐたいう時間はねーから、今さら感だし・・・と考えてきたからだ

いわゆるすぴ的な言葉を使ったけど、肉体を持って視たり、受けたりした結果の解釈が
そういう言葉でしか表せないだけでそれ自体に意味があるわけではない

ちなみに以前から、前世があるかと問われたらう~ん
あると思う人にはあるだろうし ない人にとってはないだろう、という

だからと言って 誰かの持つ世界観 宇宙の構造もその人がそう思うならいいんじゃない
それを否定しない

私にとってはある、とかない、ではないし
いろんな人が言う持論も 微妙に違うんだよねー、私とは・・・と思っていた

かすかな違和感・・・と
何でそう思うの?みたいな疑問

何処にもなじまない感じ
己を追究していくためには心理のやり方もすぴのやり方も
方法論的(内に向かう方向のもの)には有効だった

あーそうだ
やふーで書いてたものをざっと読んだ

完全に心的外傷をうけた人に向けた言葉だ
今なお現実だ、どこにもいけない、己ではどうしようもないところにいる人に向けたもの

そして世間との差異を埋めようとする言葉と
心の傷をどうしたらいいか、と言った方法論、それも壊れないように回避するギリギリだ

そしてそれは、図らずも私のある側面のみを強調している

***

以前 心的外傷を受けた人の体験談を読むとそうだよねーと思うだけで
己の持つ違和感、普通の人との差異を隔てているものの正体が分からなくて
問い続けた結果
オレンジとブルーの世界の提示をされて、あ・・・そういう世界構造だったのかと
分かった時があった

全部エゴじゃんとなってから(一応書いておこう このエゴはエゴイストのエゴでも
シンリで言うエゴでもすぴで言うエゴでもコースの指すエゴでもない) 
初めてあれ・・・?これってAさんの方向性???で読み始めたし
私(魂をひっくるめたすべての私たちが)いなくなっちゃったんだけど???で
誰か似た経験してる人居ないか、と調べた結果 虚無を書いた人が引っかかってきた

Aさん、虚無の人の本、体験談書いた人、己の問いに従い
すべて自分の言葉で語っていたので そうだよねーと思うだけで 分からなかった


そもそも私とは 出発点が違う、生まれた時から魂はいたし負は見えたし それが却って複雑になってた

今回もそれが起きても 予備知識がなかったので あ・・・そういう世界構造だったのかと
知った

これで比較ができたことがある
私がシンリを遣っていた時の最終が根本的な原因追究する方向性

そこは業界的にはNGでやってはいけない
手を出したらダメ 正気の沙汰じゃないよ、という類だった

二人わーくをしていた時にシンリ遣っていた時に壊れる人がいると話をした

その時に友が魂が決めていたら壊れるなんてないんじゃない?と言った
うーんそうなのかな・・・と思ったけど
私的には壊れていく人たちを見て どれとか言えるようなことではなく
そういう次元の問題ではない気がした
なんだろ、 言葉にできない違和感

すぴでも壊れていく人たちはいた 
己をみつめるという分野のみではなく
どういう分野でも(どういう仕事でも、と言えばいいのか)壊れていく人、現象はあった

今回 1冊しか読んでないし、興味ない分野だったのでスタンダードがなにかも知らない

無へ向かう作用があって提示する場合はやるかもしれないが
今ここにいる私にとっては敢えて「在るという内側にあるやり方」を調べようとも思わない

*ちなみに今の日常は ないだろー、嘘もたいがいにせーやというのが加速してる*

ほとんど専門用語に聞こえるくらい、誰とか このやり方 誰々が言ったこういう状態というのが
全く分からないけど 
何々のやり方でどんなにやっても達しない、それはその先を禁じているからだという記述を見て
自分が遣ってきたシンリを思い出したんだよね

小に至った特定の人に向けて(極めて狭い対象)が大へ進むためなので

そこに至らない人には全く意味がなかったり 勝手な解釈をしたり
むしろ至ってない人のほうが師は言葉で打てる

もちろん勝手に人生の苦悩にどはまって 達した人は問題がない



・・・トラウマに似てる 
意志だけで 中途半端に突っ込んで変化を伴わなければ 次が大変
体が恐怖を感じてしまう 
意志でやろうとしても意識はすんでで地団駄を踏む
そうするとまた突っ込めなかったという体験を重ね プレッシャーと焦り
困難になる

そこにとどまってしまったら、厄介だなと思いながら

本人も混乱しているから必要な言葉をかける 

どこにいるかで全く使う言葉が違う
此処に達したときはこうだったでしょーという

そういう問題ではないし・・・的な部分が似てるな

***

私自身は いろいろ分岐点があった


*今 日記帳&スケジュール手帖で確認した
ごめん・・・一番ヘビーだった、
(もとい2,3回転機 追いつめられるはある)時に己自身について書いてない
手元にある中で 自分のことを書いてなおかつ日付がわかるのは西暦2003年~2007年位までだ

最初のブログ(2009年)を書いていた時のものはあるけど自分のわーく記述はほとんどない
それから2012年~のブログはアップしたものをPCに保存してるけど日付けがない
予約投稿もあるからリアルで何してたのか不明
スケジュールもしかり

ざっと西暦2004年~西暦2014年位に位置するキミたちが気を付ければいいよ

今まで通り なんでそうなるの・・・?という違和感と
何故・・・?と問い続けたらいいよ

それが今に繋がると思うから

2014年夏位から空白期間がある
だけどブログは予約投稿だったので3ヶ月分くらいは稼働していたと思う

ふと気づいたときにネット上で残しているものもあるが
2014年の年末位までは、行ったり来たりしてた

克明に日付と時間の記録を始めたのは2015年3月からだ
この時点ではあくまで手書きノート&PCに書いてるだけで ホントの処 何が起きたか
ネットに公開していない
リアルでも ネットでも言葉を選んで放っていた 
核心部分はぼかしていたという感じか、既存で使われている言葉と意味が違うので
言葉として成り立たない部分が多すぎた

過去の私ですら理解できないだろうと思ったから

例え私と同じ状況下にほおりこまれようが あの時点での私でなければ 
同じラインの過去の私でも、違った意味解釈するだろうことも分かったからだ

Egoという言葉ひとつとっても いちいちシンリで言うところの~とか定義してすり合わせするのが
めんどくさいし 余力はない
全部うそなのに 虚構のものに説明するのはバカだ

あんな結末になってしまったいくつかの違和感を書こう

もともとこの人生を生きてきた自分がヘンかも、と自覚していたので
魂や他者や存在に言ったことはないと思う

以前書いたものが残っていた


私は 生きてきた中で (今から思えば)自分の内なる声と繋がっていた
後から大人になって 魂に繋がる、とか高次の自己(ハイヤーセルフ)に繋がる、
そういう勉強や練習、努力したとかではない
私にとっては 赤ちゃんの時から当たり前にあったもので 私の世界はうまく外と繋がれなかったから 
そういう状態だったから うちへ内へ行くしかなくて どんなに現実の世界がもうダメだ、と思っていても
自分がダメダメで自信がなくても 内なる源へ フォーカスして 合わせてみたら(胸の奥の奥のほう)
根拠のない自信 「なんとかなる」っていうのは ある意味 確信していたんだよね


自分で大波に飲まれて 自暴自棄になっている時でも 胸の奥の奥のほうから かすかな声・・・というより 
想いみたいなものが伝わってきて カラダ全体があったかくなったりして 不思議なんだけど 大元は繋がっているんだって 
それを感じたら 安心できた ワンネスとか・・・あるいは 普遍的無意識(ユング)のようなもの 

誰でも持っていて 現実で 肉体を持ってやりたい体験をしているのだ、ということを感覚的に分かっていたんだ

でも 生きていく中で そういう不思議体験や目に見えないものの世界を否定して ないものにしてたのも 事実
それがあると この現実では 生きづらかったから 
だけど自分の人生を完結するためには 目に見えないものや魂をさけては 通れなくて 
見えてんのに これでもかーこれでもかーってことが起きてんのに 
みて見ぬふり 見えないことにしていたの

けっこう肉体が限界だった時、なぜこんな体験をしているのか
魂の言う現実で 肉体を持ってやりたいとか、いいから!
そういうことじゃなくて なぜ?と自問自答して

突然 雷・・・?稲妻・・・光に打たれたように 何かが駆け抜け ううん違うな 
一気に 景色が変わって 理屈じゃなくぜんぶ 愛じゃん 
考えたり 何があって感じたり 想いが湧きあがったとかじゃなく 
分かった、という言葉が1番 しっくりくる、私的には
今までは魂に合わせたら そうだと分かったけど この現実を生きている自分との間に 隔たりがあったの
どうバランスを取っていいのか、あまりにも落差があって どう捉えていいかも分かんなくて逆に落差が辛いような

その現実を生きている意識の部分の自分が経験 体感したの 
魂部分の私が意識の私に かぶさって統合して すっぽりと収まったみたいな感じ 
今までは片目で見ていた景色が両目を 見開いて 見えたような 3D映像みたいに ハッキリくっきり ピントがあって 音もサラウンド

ありとあらゆる人や ものや自然や 地球や 散歩の途中でウンチしてた犬や
そこを通りすぎるのは邪魔かもと躊躇してしまうくらい、堂々と道のド真ん中でHしてた猫、や
落ちているゴミにさえ泣けた 
すべての人やものに 目に映ったものは 
片っぱしから ありがとう、ありがとう!ってそのポイ捨てのゴミにすら愛しくて愛しくて 愛を感じて 
世界はなんていとおしいのだろう、愛でいっぱいだ
 
すべてがキラキラして 景色が、この世はこんなにもキレイだったのかぁ―
私が今まで見ていたのはなんだったんだろう、って 衝撃を受けて
なにをしてても、してなくても それこそ 息をしているだけで おかしくなりそうな位幸せで ←幸せ過ぎるのもおかしくなるんだ、って可笑しかったけど 
おなか減った、なぁって思ったら感動して 部屋を見渡して・・・さらにうるって 来て 
その感動が 溢れてきて 張り裂けそうで 涙が溢れて それから世界が一変してしまった


机の角に思いっきり足をぶつけて 涙がチョチョ切れても・・・いってぃーな、
机 足の指 痛み・・・泣けて?あれ?痛くてじゃない・・・何で泣いてるんだろう?
こんな貴重な体験が出来る
あ~これってば 肉体を持っていればこそ出来ることね

あ~わたしは こんな体験がしたかったのねぇ なにもかも 体験したかったのねぇ
ひどい言葉を吐かれても あ~悲しいわ 心が痛いわ~ めっちゃリアル ああ これが感じる
なんて素敵なコトなんでしょう
悲しい、を味わう~深いわぁ~すごいわぁ~素晴らしいわぁ~
こんな気持ちにさせてくれるなんて あなたって・・・とっても・・・ステキすぎる~!

あなたってば 汚れ役を完璧にやるなんて すごいわね~そうしながら、きっとあなたはあなたで傷ついているのよね、
きっと でもね~そうね~わたしもあなたも そんな嫌な感情ですら ただただリアルに体験したい
いろんな体験をして 味わってみたかったのねぇ~もう すべてが愛だわぁ~っ 愛しかないのねぇ

そうね 純粋にただただ体験をしたかったのね・・・なのに 
それ忘れてしっかり恨んで いや、恨むことも堕ち込むことだって すべて感じてみたかったのよね
~だって 肉体を持ってこの地球にいないと 出来ないもんね
とくに辛い経験やネガティブな想いって 分からないものね・・・うんうん あ・・・?
もしや これが「リアル魂状態」???
で この人生を生きてみたらどう見える?どうなる?の体験ですか



これは数時間に起きたことだったけど それが収まって感じた違和感・・・がある

その前に但し書き

いつだったか分からない
ちなみに覚えているのはこれが起きた時
ふたりわーくを遣ってきて 自分の過去生や人の過去生を散々見て
今回の人生のみで誰かを見下すのはばかじゃん (現実にどっぷりつかっている人は除く)
前世とか言ってるやつに対して
そして己の過去生4,5つ分かったところで だからなんだ!?
誰かがどうこう言えないだろー
もう人間としてここにいるだけで イメージ出来るような
思い描くような人生全部やってる

もうどの人間も一緒 全部同じ
その1部だけ取り上げて物申すのは片手落ち

カルマが、とか輪廻が、とかいう次元の話じゃねーよ
もう落ち着く間もないほどだったので記録もしてない
地下何階とか数を数えたのも最初だけだ

だから己に対しても
数を数えたことはないけど 己の過去生100個は間違いなく視た
・・・ではなく“受けた”
視るだけなら衝撃は少なったと思う
その当時で、だ

地下何百階とか・・・人間って残酷・・・意識は追いつかず
体は疲れ果ててショック状態・・・衝撃が続いたの
そんなことってあるの・・・?歴史である?と
友と言い合い、徐々に何でもありなんだ
肉体を持ってできるようなことなら
さらに肉体がなければエネルギー体ならその先も可能じゃん・・・と

未来生や宇宙生や他の人のものはもっと視た 
だから全部同じじゃんかと思った
当たり前だけど
個人的なひとつひとつを選別できて、という但し書きがつく

最初はこれは誰だというのも確認していた
そのうちに今生で出逢っていない人
過去でも未来でも、他の惑星でも会ってない誰かとか
・・・どんどんアバウトな感じになって
そのうち地球に生まれたこういう感じの人とか
こんな感じの惑星のこういう人・・・人とは言えない何か・・・とか
エネルギーだけの世界でこういう状態、とか


当時は集合体に遭遇していたような?その先だったかな
一人の時も受け続けていたので
細かいところ、覚えていない

話を戻す
違和感に対する答えを探した
探す途中で なんでそうなるの・・・?が大きくなる

そもそもの・・・・探した場所も違った
興味ないのに目にした言葉でさらに違和感になる

分かった人・・・
すべては愛しか、ない

一つ目の疑問
現実レベルで苦はいや楽しいがいいという
人間的領域の苦悩、苦楽を話しているなら分かる

もしそこを体験しちゃったら
それでも楽しいを選べるのか・・・?
これは苦を積極的に選ぶ、という意味ではない

そういう、肉体を持ったこの世界の何かは
凌駕するだろう、ということが言いたい
敢えて その区別をつけるのか・・・

もう生の中にある何かを選ぶ、とかありえないだろーと思ったんだ

だから分かっちゃった人がそれでも普通に淡々と生きていく、という言葉に
引っかかりを覚えた

だからと言って死を選ぶという意味でもない

そもそも“何かを選ぶ”は存在しなくない?
生きていく、とか死ぬとか、それって在るという前提がなければ
選ぶことはないでしょー
あー伝わらない気がする

簡単にいうと、そういうものすべてがなくなってる、んじゃないの?という疑問だ

当時も少し前も分かった、なら 同じだと思っていたので
なんでそうなるの・・・?と問いに対する答えを探した

一体感や愛を語るなら 分かってすらいないとか
小中大 純度 精度で全然違うと知識がなかった

あせんしょんに興味がなかったけど見たものは

一体感 ひとつの意識
アイの世界
ネガティブなことを思えば言葉を話さなくても筒抜けになる
波動が落ち そこから外れる

愛しかない、という言葉は
正確には他はないけど愛は存在しているということだ

その存在している、ということに不全感
すべてはOK、光で 自分で遣りたいことは何でもできるとか

光だと認識してるし OKだとわかっているし全体として存在するならば
自分という認識もあるのなら 分離してる

その分離、気持ち悪くないの・・・?


ゲイリーの本で神について*こーすの本の解説だけど*
今改めて ちゃんと本を確認しないで書くと

分離について 大いなるひとつのものに居て
ふと離れたらどうなるんだろうと思ったのが始まり、という記述がある

それってどうなの?と思ったけど
何も起きていない 幻想という部分にそーだよねとなった

その時の違和感は
光だと認識している何かはあってひとつの意識だと認識できてる
すでに在るのだから それは果たして完璧なのか・・・?
ふと離れたらどうなるのか、というなら一体となってる、ではないじゃん?

(これも今となってはエゴが世界を欺く 存在するための罠でしかないけど)
認識できるなら
そんな、ある意味、つまんない 
変化がない止まった地獄のような世界はいやだよ

あくまで私にとっては、だ
それが 何を見ても泣けてきて 愛じゃんとなったあと
死んで大いなるものに帰るとか 愛だけの世界も地獄じゃん
どっちも地獄じゃんと思ったこと
それしかないなら せめてこの世に存在してる間だけでも
すべての体験を貴重なものにしたい、と

で・・・分かるように
愛だとなった・・・私は もう少しの処で 身体が拒絶して反転したんだ

前に友が言った言葉
生きているんだから何もやらないということはできない
何かをやるしかない みたいなこと

無くなった私は思う

愛しかない、という世界も同じ(閉じ込められている存在する世界に、だ)
肉体が無かろうが
それは存在しているのだから(存在してると認識できているならば)
何もやらないということはできない
何かをやるしかない 

あー言い忘れた
今までの信じて疑わなかった概念や世界観 体験してこうだと思ったものも
私が在ると思っていた世界をも無くした 消えた 死んだ

今まで目にしたのは手ぬるい 疑問があっても答えを提示された気になる
すかすかの罠ですり抜ける
分かってなくて質問しているから 
世界の創造主に、なぜ?と問いかけてもホントの答えはくれない
全く疑わなかった世界を無くして分かる

そこで私の存在が消えたら終わったけど終わらなかったから
ってか 在るの創造の大元はなんだ?とのぞんだから 出ちゃった
ココ予定外 予想外だ

そこで浮かび上がったのは私が見てる、すべてがなくなる
完全に認識できるものがない
つまり知覚の終り・・・それは創造しないということ 
創造してるという言葉は在るから比較でしかない

漆黒の闇・・・←終わりなのに光は鬱陶しい
存在を問うことも 存在することもない
つまり 世界の内側に存在している私自身に何かできることはない
だけど存在してる(生きている)なら 
何かをやらないということはできないなら
少しでも完全な終りへ向かうということ

私の目にする人は
どんなにイヤだ、うんざりと言っても“存在する”を選択しているよね
だから、バイバイ
私とは方向性が違うから もう関わらないよ、と言ったのだ

そもそも存在している、そこに違和感や疑問を持たないらしい

圧倒的な至高体験をしたら それを何度も求めるらしい

あー世界の存続を願っていて巻き込まれたらどうしようと思ってる誰かが居るなら
私の世界が完全に終わっても 夢を見続けたいあなたの世界は存続するだろう

疑問と違和感 突き詰めていった結果、此処にきてしまった
そんなつもりなかったのに、というのが正直な処
魂的にも どーなんだろー
今となっては分からん
だけど此処にきてしまったら 戻れんというのも本音



2017年1月14日(土) 02:30 *今の想い* PERMALINK COM(0)


西暦2016年7月30日(土)

+++
日々のキロク以外 PCの打ち込みは追いついていないけどアップする
+++

PCの打ち込みやマウス操作(クリックするのが強い?)指が痛くなったりしていた
なのでリストレスト付きのマウスパッドを買ってみた。
少しはイイかもしれない。

+++
7月10日くらいから、己の思うコトや考えをノートにまとめていた。

それを見ながら
2016年7月28日(木)、2016年7月30日(土)、打ち込み分だ。

己の現状を説明するために 敢えてAさんとの比較表現にする。
Aさんと私の この世界の見方の違いを 言葉で説明するのが難しかったので図にした。

20160730-162422.jpg


ちなみに私の場合は、現段階ではこういう感じであり・・・
最終地点、目指す処が同じだろうが

私は何をどうすればいいか分かっていない、
というより わーくを終えるまでは決定しないようにしている。

そこへ向かうために Aさんは【偽物崩し】している

Aさんは、

@けーさつは当てにならない
@身体の痛み・感情が、己のものではない
・・・色んな出来事があり、誰も助けてくれない状況下、
終わらせる方向ならばシナナイ、コロサれない

私はニブイのかもしれん。

@権力は、当たり前に助けてくれないだろ?
@普通に【他の人・存在】をウケていた
@助けてくれるかも、という発想自体がない
人に期待しないし、みんな己のことで手一杯だろう

それに、己が一番しんどい時や深い傷を負った部分は 己で遣る以外ないだろと思っていた。
10年スパンで、何度もシにそうな目にあって、もしかしてシねないのか・・・?
と思ったくらいだ。

コロされそうになっても怖いな、早く終わればイイなと思うだけ
終われない方向の修行系をやりすぎたからかも

+++


王がいて、専属の神託を行う人が居る世界の漫画を読んでいてハッとした

一人の王に一人ずつ、
世代が変われば神託を行う人も退位して、次の世代に変わる。

神託士の所属する“院”では、次の候補の子供に 
王の専属の定めというキレイな言葉で教育と称して

ー実情は 院のチカラの保存 コントロールして飼いならすためにー

子供がまだ小さい頃に、敢えて母親を(死)失わせる。

そして誰も助けない。声もかけない。

そのココロに空いた喪失の穴を、いずれ王になる人が埋めるようにする。

そうすれば穴を埋めてくれた特別な人を命を賭けて←命を捨てることも厭わないように
王だけに仕える為、忠誠を誓うようになる。

他に大切なものがあってはならないから、必要ないから

というのを王側ではなく、院側の思惑で教育される
代々、受け継がれてきたプログラム

王子が寂しくないの?と神託士の息子に聞く
寂しいってナニ?
いつも、一人だから別に、分からない・・・その絵を見たとき

そしていざという時に護りたいものがある奴は、
弱いと思っていた私は感覚的に近いかも、と思った

+++
別の漫画(原獣文書)で なんというか トリ肌たった

輪廻のためのプログラム、運命の石、約束の子供 杖 

隕石の衝突、大規模な地殻変動、原因不明の流行病などにより、
生態系は壊滅的被害を被り、西暦3229年の時点で人類の行動範囲は地球の三分の一程度に限られていた。

それ以外の場所は、20世紀の地図と同じ地形なのかも分からず、新生物たちが繁栄する未開の地となっていた。

その地を「新大陸」と呼び、手をこまねいていた学者達の中で、
初めてレイ・ジーン・セイバーヘーゲンが正規の調査隊を組織しての航海を立案した。

・・・大陸に行く

大陸基地ではそれなりに平穏な日々が過ぎるが、ある日大陸人達が来襲

その頃の新大陸には、服従か死かと迫り、各地の集落を荒らしまわる魔神ゼーンがいた。

彼らは、レイ・ジーンがゼーンと同じ顔をしているというので、その正体を探りに来たのだ。

レイ・ジーンは基地の外に出て彼らと話し合いをするが、そのやり取りの中で
大陸人たちはレイ・ジーンが『巫子』の能力を持っている事を知る。

今度はゼーンが襲撃を仕掛けてくる。

レイ・ジーンを『3人目』と呼ぶゼーンに
『原獣文書』とは何かと問う。

ゼーンは答える。

「全ての者に不老不死を与える科学だ」

+++

大陸人はどのような婚姻を結んでも、最初に決められた数種類の人間しか生まれてこない。

彼らは一見繁殖しているように見えるが、
何世代かおきに遺伝情報的に完全に同じ人間が生まれてくるようにプログラムされている。

大陸人が3人1組で生まれてくるのは、過酷な状況で遺伝子を途切れさせないためのスペアであり、
これはある意味で 不老不死のプログラムと言える。

非常に鳥瞰図的な視点を持ってすれば システム自体が全体で1つの生命であり
今、ここで お前が死ぬというような個体毎の死は 生命活動のプロセスでしかない。

大陸の民は常に自己再生産を繰り返す永久機関の細胞の一片一片でしかないと言えなくもない。
ぐるぐる、
初めに存在した遺伝子を未来へつなぐための「生きた方舟」

個々の生き方や人格を尊重する見地から言えば全くの非道だが
しかし、このプログラムは完全なものではない。

遺伝情報は輪廻を重ねるうちに歪み、これ以上のコピーを作る事ができなくなってきた。

+++

このプログラムを創ったのは ルノー、レイ、ジーンという3人の学者

長老はレイ・ジ―ンに「モールドレに会いなさい」と言い、中央へと通じる場所を教える。
レイ・ジ―ン達はその言葉に従い、村を去って行った。

一行を見送った後、長老は語る。

「レイ・ジーンの体はルノーの器であり、レイ・ジーンの人格はルノー復活までの繋ぎに過ぎない。
中央でモールドレと会えば、仮の人格であるレイ・ジーンは消えてしまうだろう。」

創造者ルノーは 当時の人類が生き延びる事のみを考え、
自分たちの作り出した新生物を不老不死にする鍵を見つける事には成功した。

しかし 自分たちに合う鍵はどうしても見つけ出す事ができなかった。

だから 被造物(人以上の人ではない生物)を愛さなかった。
ルノーは 人類が滅びるような事があれば、彼らも滅びるべきだと考えていた。

・・・終末を生き延びるものがお前達でないように!

そして 遺伝子に滅亡をプログラムされた。
元々大陸人は旧人の存在なしには存続できないように作られていた。

当時の文献の中に『大陸人』という呼称は存在しない。
ルノー達は、自分達の手で作り上げたものを『ホムンクルス』と呼んだ。

この大陸が「暗黒大陸」とすら呼ばれたのは、化け物の存在や危険な航路の為ではなく、
歴史に埋もれさせてきた人類の罪のせいなのではないか

新しい遺伝情報を作り出すことができず、緩慢に滅びゆく大陸人がこのメビウスの輪から抜け出すには、
旧人との混血が必要だったとゼーンは語る。

ゼ―ンは長期的な視野で近い滅亡を食い止めるために集落を廻り 止めようとした。
最初は説明していたが 分からないから 従えと。。。

そんなもんは呑めん、と抵抗する戦士たち
殺戮を繰り返す

でもそれは人生の否定になりかねない→子供を持つな→結果的に集落は立ち行かなくなる

だけど誇り高い大陸人は「旧人」の血を自主的に入れることも認めない→人々を強制的に捕まえ凍らせて
全員人工的に旧人とかけ合わせる

滅亡の環からは逃れられる あいつらの気持ちや都合などしるか、俺は魔神だ

―生き物は幻想を見る事で生きている

ルノーがレイ・ジ―ンの脳とリンクして身体を取り戻そうとしたり
もう一人が 旧人に荒らされるくらいならこんな島沈んでしまった方がいいんだ、これが私の選択だと、ぶち壊す

8巻で続くになってるけど、すでに10年前だ 出てない、出るかも分からないけど
ココで ある意味終わってるなーとも思う・・・。

島の内部 メインコンピュータ―の絵を見た時 分かった気がした。

こーすでは、 エゴの欺きの対象=個々の存在
あくまでも個である私も、騙された側になる

だけど、これが終わらせないための罠
騙された側だと「わたしはとくべつぅ~!」が捨てられない。

そこで Aさんは エゴが創った騙し手が個々の存在であり
個々があるならば、騙されたい何かがあると考えてそれを一つの自己と呼んだ。

ずっと特別なヒーローやヒロインを見ていたい

だけど不条理で理不尽な世界 違うものが漏れてきて 
苦しいだけの世界なんていらないとなるために提示している

対して 私の場合はそこ 何も思わない
幸せになりたい、とか苦しいのはイヤとか、よく分かんない

だって 身体を持ってこの3次元にやってきたのだから、苦しいだけでなく
喜怒哀楽、肉体のリアル感を体験したいと どこかで思っていた

そして、いろんな人や存在のすべての体験はワンネスにキロクされると。

だとすれば 一つの自己は私の言葉で言えば「ワンネス」であり
その蓄積されたデータを失いたくない=エゴの土台、ということになる

そして 今まで私自身が、ココに来て 己の人生を決めて生きていけると思っていた。
あの体験の後ではすべてが嘘でありロボットとして作用するのなら いらない!!!となった

個としての私が見ている映像が無くなれば
データもそれ以上増えない

・・・その先に「終わらせる作用」が個の私に作用するような方向性に行ければいい

まだ あと わーくは140くらい残っている
つまり最短でも140日はかかる

そしてわーくの最後にはこれで終わりではない
始まりだ、とある

だから 今は私のルートで何をするのか なんにも固定しない

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*原書に関して* これは6月初旬の事

活字を追っている時はいいんだけど
英語も 持っていた日本語訳もうまく入ってこなくて わーくをやるのに不便だった。

原書買った時にも調べたけど
ふとすぺ語はどーなん?と思い あまぞん&他のすぺ語専門書店をみた←専門書店にはなかった

日本のあまぞん発送はなく マーケットプライスのみ 
高いな、やはり訳本は。しかもペーパーブック 7、8千円~1万+送料

まあ、日本語訳を買うより はるかに安いけど(日本語は分冊 3冊15000円くらいになる)

よくよく読むとアメリカ発送が多くて 英語版らしきものが混じっているから
何が送られてくるか分からん・・・微妙。

また検索する手間を考えて とりあえず欲しい物リスト、ブクマ代わりにしておいた

漫画を買うために7月中旬サイトに行ったら、いきなり表示された本

あまぞん(日本)発送 1点在庫あり
む? 
6月の時点では、洋書、検索色々変えてやったけど表示すらされなかった本やし!
どこに居たんだ???
原書でも知ってるedicion は3つあるしな

しかもハードカバーで35ドル 日本円で4000円くらい?
訳者が載ってないのもいいな

ハードカバーの原書を買った時30ドルだった
・・・というコトで買った

基礎文法も単語も何もかもすっかり忘れたけど・・・日本語や英語より
なんとなく分かる・・・のもどーなんだ!?

+++

今の流れでふと振り返って思ったコト

説明がめんどくさいから、わざわざ人に言ったコトはない
たぶん、友にも 言ってないかもしれない

私が小さい頃から遣っていた事

‘タマ’に合わせる ←これをすぐに遣るのではなく
敢えてめんどくさい事を沢山していた

いきなり合わせるのではなく 勘で、感覚で‘タマ’はどうか
心や身体で確認してから 合わせるのを遣っていた

いろんな角度で 身体がこういう時はNOなんだなーとか
YESなんだなーとか

他にも すぐに 心を感じるのではなく 頭で心がどう思っているか捉える

身体で心がどう思っているか捉えるとか
何でこんなめんどくさい事を遣っているんだろうと思ったけど

今思えば すべてを失くした時
己の核となるものが消えた時の衝撃に耐えられるように、
核やコアが無くなっても、それでも今まで通りに生けるためだったのかもしれない

それでも凄い衝撃だったし、数ヶ月は放心していたけど
小さい頃から遣っていなければ あの衝撃は壊滅的だったかもしれん


己のコア(聖域)の問題とは別に
両利き、基本的には左利きだった時 字を書くのをムリに右手に直された辺りで

普通なら 利き手を怪我したり動かなくなってから 不自由する、
左手も使えるように訓練する

だけどそれは大変だよね?喪失で手一杯になる
ならば私は最初から練習しておこうと思った

心が壊されても、他の部位で 修復出来るように
タマが壊されても、私が補えるように

ここまで言語化して考えてはなかったと思うけど・・・
これを書いていて 思い出した

友が遣る時に合わせて遣れる奴が遣ればいい
タマに合わせちゃえばすぐじゃん、と言った時に

己の感覚でタマを感じる、とか練習しておけば、と言った記憶がある

あれは、真逆から来て交わったからこそ
私が辿ってきた道を言っただけだったのかも

あるいはいずれ、こうなると分かってる存在が入っていたのかもしれない
己に言いたい事を友に言っていたみたいな?

+++
5月6月 終わる、死ぬかもという ざわざわで
それまでは 1ヶ月先発売の本をまとめて予約するとか遣っていたのに
出来なかった


2016年7月13日(水)初めてニュースで【天皇退位の意向】を見た時
ざわざわが消えた 

このタイミングなんだ

そして気になること、法律を少し調べた

災害やテロ対策として憲法に緊急事態条項が必要か
有事の時 現法でいけないのか

+++

今まで読めた推理小説、ミステリーが読めなくなった
笑える~!
もう 必要ないのだろう 

世界を潰していくのには SFのほうが使える 
閉じられていく世界、管理社会 ディストピア 民意・・・とか

さらにはまさかこの期に及んでそこか?!
哲学の古典を読み始めた

へ―ゲルとか・・・ヘーゲルと言っても弁証法とかではない

オレンジの世界の人の世界観に通じる
コンディヤック、デカルト
学生の時に読んだものや基本しか知らない系

だけど、人とは何か みたいな本質を突き詰めて考えるならば
人という定義で見るなら 考え尽くせる事は 先達が考えてきたコトに行きつく

哲学が難しいというのは 前の先達が唱えた論を前提に
のちの人が己の意見を言うから

いきなり素人は 何の事を言ってるのか、前の先達が唱えた論を知らないとさっぱりになるんだね

*キロクとして*












2016年7月30日(土) 16:39 *今の想い* PERMALINK COM(0)

西暦2016年6月14日(火)


@ワークをやって気づいた注意事項@

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私が辿ってきた時系列で もれなく遣っている存在達は気づいていると思う

逆に分かっているからこそ、当たり前すぎて いちいち言語化して確認しないだろう
だから、ここに書いておくので一読されたし

+++

しかし、別の道から辿っているもの、
また私の時系列で 西暦2006年以前に居るものは
この記述を読み 注意されたし。

+++


今の私は、今のAさんブログ同様に キラキラ概念は否定している

しかし、己の心を深く辿る訓練をしてこない者が
そこだけを読み、理解してしまう事に 危機感を感じる。


今 ココで生きて

他者との交わりの中で生じる想いや
己の考え方のクセ、さらには無意識の望みなどは

表層に現れた己の想いを認めて
どんどん奥へと己を見つめていく訓練を重ねていくうちに
己をいうものを理解する


その先に、

【相手も己も変わらない存在である】

もちろん、最初から魂レベルで己も相手も見る存在も居るので
人それぞれではある


しかし 物事を多角的に見る事は訓練によって可能だ


それは魂レベルで同一で在る、という訓練をして往く事で
体験的にも、感覚的にも、気持ち的にも、体系化されていき

物事を見る目が
この世界にどっぷりと嵌まる近視的見方と
俯瞰する言わば 宇宙やワンネス的目線とを構築していく


それ自体は知識にとどまわず
心身ともに(身も心も頭脳までも)腑に落ちていく


だから
そうなのかな・・・?と疑いながら

・・・でもこういう風にいうしーと
気持ちをムリに抑えつけることもない

腑に落ちれば己にとっての事実になるからだ

それから さらなる道に分かれ

いずれ コース的概念に到達して
その後、さらなる道々に分かれていくだろう

そうしていくうちに
コース的な見方を含めたすべてがひっくり返り
すべての概念の否定へと繋がっていく

この時点で、キラキラ概念の否定となる

あるいはコース的概念を飛ばして
すべてがひっくり返るモノも居るだろう←ちなみにこっちが私だ


Aさんのブログのどこかに書いてあった概念的流れ

第1段階 心理学レベル
第2、第3~~~

【事実を突き詰めたければ】 あの道すじに同意する

【この世で生きていくためであるなら】ば
別に あの道すじである必要性はないが・・・。


+++

先日、ふっと察知した存在を見て
書いておこうと思ったのだ

+++



あくまで、私の言い方になるが・・・

一度、【すべての存在は、己の中に在る】みたいな

例えれば ユングの集合的無意識のようなものを
感覚的に受け入れる、という道のりを経て、というのが重要だろう


そうでないと

いずれ【すべては同等に無で存在しない】
(聞きなれた言葉ではあるが)

本来のこの言葉の意味するであろう領域に往きつかないだろう

言葉としてすら 受け入れられない

この言葉を知っていても 幾重にも 何重にも意味を変えて
何度も概念は 通り過ぎていくのだから

そういう意味では、順当な流れで己をシビアに見ていかないと
いろんな処で取りこぼしが起きる

いやむしろ、取りこぼすのが本筋の目的にさえなるだろう



~キラキラ概念はエゴだ~~~

この一文は
私の流れで来た者達は、こう読む

「もちろんそうだ

もっと正確にいうならば

キラキラ概念は、の「は」は
キラキラ概念「も」だ

「は」と「も」は違う
「も」=すべてがエゴである

ここに至る過程は「すべてがひとつである」という概念を受け入れたのち
(いずれかの地点がくれば)【「すべてがひとつである」という概念】もエゴである、になる」、だ

だけど・・・その手前において

【すべての存在は、己の中に在る】
ユングの集合的無意識のようなものを受け入れていないならば

誰かに対して、己とは敵対する、許せん、
一物が残ってしまっている

その状態でこの一文を読んだのなら

キラキラはエゴなんだ

ならば、キラキラ概念を採用しているヤツらこそが
エゴの廻し者だ!!!

と、理解して 己の特別性を温存させる口実となる
私は違う!!!とな。


つまり「この世界は嘘だ」という前提もないし
本来あるはずの己の中の想い(怒りや憎しみ)も引き出されることがない


己の中に有るドロドロしたものは存在しない=善い人=正しい

どこまでも己の腹黒さは隠しとおし
だからこそキラキラとかキレイごとを言ってる奴らがエゴだ、という受け取り方となる


隠さずに見たら、想いに善いも正しいも悪も間違えもない、というのは分かるのに
ただ、在るのだ・・・で
終わるだけだというのは、分かんねー


いろんな考えがあるから、例えば100あったのなら
そのひとつだけが正しいというようなものだ

キラキラもエゴだ、という言葉は、簡素化されて 記号化されてしまう

いやいや そこに至るまでには 段階があって そうなってるというのは理解できない

経験して、そこから導き出した仮説があって、あれこれやって
なら 次はこうで、ああで こうなったから

じゃー これをして―という過程の中で分かってくるものがある

それをすっとばして、というか すっとばして、ということすら気づかず

誰かが言った言葉を額面通りに受け取り、分かった事にして、終了!



心理学領域で「喪・モーニングワーク」というものがあるやん?!

喪失、悲嘆の心理過程・・・5段階とも12段階とも言われている

一気に喪失(死)を受け入れる、5段階のみが正しいとか、ないだろー?

心はそういう過程を経て行きつ戻りつしながらゆっくりと受け入れてゆく

+++

「死ぬ瞬間」の著者
エリザベス・キューブラー・ロス氏は、死の受容について
それが正常な過程であるばかりでなく、
必要不可欠な過程であり、全段階が必要だと述べている。

+++

そういうのと同じように
【事実を知る】のにも過程があると思っている


大きな流れでみた時に

私と違う道を辿ってる存在が
どんどん深みにハマって迷子になっているのが見えたので

敢えて言葉として書き起こしてみた


こういうものは

今の私的には 
ー全部うそで同じだしぃーで処理していたけど
書いておくのも大切だと思った


これは本日 西暦2016年6月14日(火)
ノートに書いたものを打ち込みして そのままアップしている

§ キロクとして §












2016年6月14日(火) 16:13 *今の想い* PERMALINK COM(0)