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西暦2016年12月2日(金)



キミは忘れているよ。

何のための板やブログかを・・・。


それじゃーまるで自意識過剰だよ

ということは まだ“ウケ”が始まってない存在なのか


2012年くらいからキーワードで検索が入ったりはしたけど
私としては“存在”に向けて 発信していた


当時はネット上で公開することで(クローズドの世界ではないから)
存在やエネルギーも変容するから、そういう目的もあった


だからこそ此処に来たとき
読んでくれる“人”が居るという前提で分かり易く書いたブログ系は
すべて削除したじゃん


人ならば・・・ブロ友を含む友達や、

今はどうしてるのかと当時私が言ってた断片から
探すような検索魔の人ならば 見つけることもあるだろう


だけど 基本的に誰か、ヒトに対して 現状を知ってもらうために書いてるわけではないよ

それはもう コアからの解放の時にイヤというほど分かったから


誰かヒトが、あるいは知り合いが読んでるかも・・・とか、そこは気にしてない


何故 他のブログのように消さないかと言えば
残しているのは 同じルートを辿ってきた私たちのメモ書きだからだ



キーワードが入っていた当時に
取りこぼしているかもしれないキミたちが(つまり私の存在たち)
過去の流れから現在の私の時系列、タイムラインを読むことで共有 回収出来ればいい


それと現在の私の視野の確認の要素のひとつがネットという手段なだけだ


消したブログに ざんざん書いたけど わざわざシンリとかの基礎を説明したのは
別ルートで来るかもしれないキミたちが知らない可能性を考えたからだよ

§ 状況説明として 書いておく §






2016年12月2日(金) 14:49 *今のキロク* PERMALINK COM(0)




西暦2016年12月1日(木)



@なんとなくこれからの方向性が分かった
もちろん、まだ遣らない


以前だったら、マジ興味ねー、ぴんとこな!という方面の検証

今なら なおさら興味ない、どーでもいいよ的なところだ

よくよく考えたら、この層って厚いんだよね



だから前、なんでそうなんだろ?と疑問だった訳で
逆に言えば ソコにハマり込まない当たり前の前提があったのだろう


これ、崩していくの大変じゃね?




@よく小説や漫画、などで 救いがない、という表現を聞く

 これは、エンディングで 救いがないからイヤ的な意味


だけどそれなりに重いテーマであれば
救いがあるほうがご都合主義で 嘘くさいだろーと思っていた


これってある意味正論だ

幻想を終わらせるプロトタイプの私の初期設定だな


救いがあったら ハマり込んで 終わらせようとはしないだろー
終わらせるって死、とか消えたいとかこの世的意味じゃないし。



@2年くらい前から 何を言ってんだ?
何のことを指してる???と意味が解らなかったひとつ



もういいやーってことで すっかりその部分失念してたわ

そもそも何処、見てる?ナニに合わせてる???的視点

見てるものが違う、ということに気づいた


例えば文章ですら主語を

あたし、アタシ、わたし、私
僕、ぼく、ボク
俺、おれ、オレ

と変えて 

硬い文章にするかきゃぴきゃぴ系にするかで
印象はかなり違う

別人にも見える

最初にSNSで出逢ってオフ会などで逢うと
文章からイメージしてた人と違う・・・というのは多々ある



ましてやキャラや物語に投影してれば←念のために言うと心理的投影
誤作動、別人を私だと認識されてもしかたないね


いやいや、それ、皮肉屋の龍ではないか?!

少なくとも私自身 そんなキャラ出した覚えはない
それと私が前に言った人、認識している人物でもない

今更だよね・・・、ソコ 意味解らないはずだ


もう、いい加減 知覚は欺くために在る、という意味を考えろ!


私自身キミの文章や声 キミの感じたままの知覚・・・に対して
文章がきちんと見えてる、聞こえてる 感じてると思っている訳ではない


全てにおいて そらし、この世界に引きずり込もうとする意図
ハマり込もうとする意図があることだけは分かる


あー分かりずらいな

簡潔に言うと 己の知覚、五感も
他の存在の知覚や五感も全てを信じていないということだ

これはリアルに逢って目の前で話そうが電話やメールで会話しようが関係ない


すべてが等しい












2016年12月1日(木) 16:56 *今のキロク* PERMALINK COM(0)
西暦2016年11月15日(火)


ネットをきる前 携帯にコピーしたものをアップする

7月にアップした補足の意味になればいいかと思う

キロクとしては 2016年初めに書いたもの

***


ふと気づいたコトがあった
もちろん、この世界の中で考えるならば、という但し書きがつくが、

だれだれはこうで、ああで本人は気づいてないけどこうだ、とか
己に関しては~~~があってイラッときた、とか現象を聞いたコトはある


だけど己の気持ちを辿って(それは第2感情的な部分から)
どんどん降りていって第1感情に気づいて 感情を感じ切って終わり???


それがどこに繋がるのか、何かと同一視してるのかそういう心の領域を超えて
さらに次の領域へと繋げていく

これですら、表層でしかない

無意識では~~~だ、という言葉ですら表層部分でしかないのになー


なんでそうなるんだ?と考えた時

話や記録はいつも誰かに対してのコトだった・・・

じゃーひとりの時なにしてた・・・?

これこれこうでこうだという表層の結果を聞いた


それはそれでそうだから ふーん、そうなんだと思っていたけど

本人が本人に対して遣るワークの記録、やり方、どうやったのかという話
私知らないじゃーーーん



例えば

本来の気持ちを感じ切れば消える、例えそれが何ヶ月も何年かかろうとも
消えた・・・だからそれで完了するならば


実際の所それって・・・表層かすっただけでしかないよね



だから誰かに対しても、人を見るコトで気づくと思っていて

いつもシンリ的な表層で視て 同じ答えになるのか
分析は同じ結果、答えを導き出す

答えとして、表層部分で正しいし・・・とスル―してた

というか

そこが シンリ領域でいうならば 本人のこだわりの部分なのかも、と思っていた

あるいはそれを超えた領域を指して
深いというか俯瞰で見てるのかもと思ってたけど

あれ・・・違うなと気づいた


表面から表層を気づき深層に入っていく作業を丁寧にやらなかったら
あるいは遣っていると思ってスキップしたら?

己に入っていく作業ではないからこその同じ答えだ


私の中で いろんなスキルを経て遣り方も変え、何百何千ある遣り方の組み合わせを
己仕様にしながらやって
行き詰まるとずっと探し求めて夢にも見て
それで停滞して
ある日 あ!こういう遣り方はどうだろうか、と思いつき遣ってみる


それは私の当たり前で

さらに深層へとイク

だから、遣ったと言われたなら私の常識を当てはめて遣っているのだろうと思っていた。

表層のみ 最初のさわりで、分かったなら
途中もなくて遣ってるという中身はないワケで

最初で判断するから 他者に対してもみんな同じような判断、分析になってしまうのでは・・・?


少なくとも己の遣った部分までは掘り下げられる、という原則にもとずくならば
己の遣った所、領域で他者に対しても判断するということ


言われた言葉が蘇る


鏡として 己が遣ってきた所までしか他者を映すコトは出来ない
己の処までしか導けない
そうして己の問題を直視せざろうえない人が目の前にやってくる


だから相手のほうが深く辿っていたのなら この人は全然浅い表層に居ると
すぐに分かってしまうよ

分かっても なお付き合ってくれるか・・・真剣に己を深く辿りたいのだから、
そこでさらに己で深く辿れれば、それを見るコトで相手も何かを得ることが出来るだろう


出来なければ壊れる

これはシンリの世界、領域全般の話

壊れる・・・というとシンリ領域で、あるいはその手前で捉えてる場合がほとんどだろう



だけど そこから次へと進む

もちろん そこでも 目をそらしてしまうならば、そこの領域で壊れる

そこの領域での壊れ方をするんだ

当たり前に さらにその先、その先は存在する


うーん、確かにどうやっているのか
本人の話をたぐってたぐって聞いたコトがないということに 気づいちゃった。


最初のブログで これ以上は書けないと言ったのは
とっかかりの表層は同じようにやればいいから、つまり対処方法として


その先は言葉で説明したり出来ない

だって人それぞれ、無数に遣り方が存在してるから

かと言って 私の方法を克明に書いたなら そういうものかと
それだけが正しいと思って真似されても 意味がないから

だってその人は私ではないから

ただの対処が深いという存在も居たし

それですら遣れない存在は、居たし 
ただ真似するだけで遣った気になる存在も居た

心を直視しなくてもいい、ぬるいすぴ系でも遣れない存在も居た


そんなの遣らないでも分かってる、ってのは 今となっては違うなと

最初の点を知ってるだけ

めんどうでも・・・己の心は点から線へ 線から点へと繋げていく
そうして無意識まできても所詮は心の領域でしかないというのに・・・。


そうでないと
己が分からないし 己が分からないまま分かる範囲で 己と他者を見るということになるから。

何故か同じ答えを導き出すなら それは己がそこにとどまっているというだけでしかない 



***




2016年11月15日(火) 11:18 *今のキロク* PERMALINK COM(0)



西暦2016年11月9日(水)



過去のメモをアップしておこう


§2016年5月20日(金)のメモより§

一言で言うとショックだ 

つまりそれは何を意味するかというと
相手に対して高く見積もっていた、期待していたということ

もっと、これくらいはわかっているだろうと


前に恋愛小説?と言ったあの子と同じだよ、これじゃ。

ああーそういう解釈なの?なんだ、そこかよ!?と衝撃だったあれだよ、まさに

工エエェェ(´д`)ェェエエ工 

え~!其処かよ、

ほんとムリかもしれない



***


異世界って言うと はやりのラノベか、すぴか、あるいは中二厨かよって思うだろうけど
大切なのはその単語じゃないよ、

彼女は異世界で 私はうそという言葉を選んで表現してるだけだ

単語自体は全く違うけど‎状況に対して言いたいことは同じ


【すべてはえごの創りものだ】という部分

それを説明するために使った文章の中の1単語でしかない


其処に達すると(わかると)目が覚める

まるで今までは魔法か洗脳かというくらい霧が晴れる

達するとか分かるっていう根拠は

何も魂に合わせたから、とか
感覚でそうだから、とか 強く思ったから、とか、ピンと来たから、とか
そういう“中の人”が根拠にするものは何ひとつとして指していない

だってそこに達したら、すべてが偽りだとわかるから

世界のすべて 己のすべてが余計なのでしかないし それらに頼ることは意味ない

コントロールしようなんて思わないし、する気もない
そんなの意味ないってわかるから

じゃーなにかと言えば それはひとつひとつの事実の積み重ねでしかない

例えば 太陽が西から上って ずっとそこにあったら・・・?

まずは己を疑う あれ?
頭が逝っちゃったのか?目や脳がイカレたのか

通常、太陽は東から上り西に沈むと理解していたけどそれとも間違って記憶してたのか・・・

それとも最近変わったのか?

あるいは
西から上りそのままというのが
常識?通例?

それとも知らないうちに天変地異が起きたのか・・・?

だから調べる、記憶が正しかったのか、何が起きてるのか

そう
・・・そんな風に最初のひずみが、目の前にまず立ち現れ始めるんだ

だから考える、メモを取る 確認する そうやっていくうちに ボールペンで書いたメモが消える

だからメモとPCと清書用記録、いくつかやってみる

書いたもの、打ち込んだもの 見比べてすっかり同じ内容だと確認する
何度も、確認して そして寝る


寝て起きた
・・・変わってない、

ほっとする 世界はホントだ 
世界は時間の流れで規則正しい

なのに 平気で文字が変わる 

目の錯覚とか見落としたかも ってくらいのひずみだ
最初はね、

それがどんどん大きくなっていく 日に日に。

でもあれこれ己がヘンかもとか、何かがあるのかも、とか
いろいろ疑えるんだよ 
事実が物語っているのにも関わらず あれこれ言い訳が出てくんだよ

言い訳を創り出そうとするんだよ

だから正確に時間も書いていく 
時計もいくつか用意する

疑惑を、
あれ?と思う違和感を
、気のせいとか魂は何も言ってないしとか
なんだかんだ、理由をつけてスルーしないために

そんなあいまいな感覚にごまかされないように


日々の積み重ねをここ数年ずっと続けた結果 
書かないと分からないくらいのひずみが

世界は滅茶苦茶すぎるだろー!!!
ないだろ???これー

ニュートンの法則ムシかよ?!

ありえない状況にほおりこまれ 導き出されたのが今の結果だ


この結果の前で言えるのは
常に重要とされる機能や その人にとって揺らがない絶対的事実の見極め方なんてものは
嘘っぱちだとわかるのだ

むしろ、それがあると騙される 気づけなかった 弊害でしかない

だけど偽りの中に居る限り、
己が信頼と信用を置いている判断基準を使って 見えてる事実ですら 一刀両断するんだな

いやいや そう言われてもちっともぴんと来ないよ~!と

それはつまりどういうことかというと ぴんと来るか、来ないかという

己が信頼と信用を置いている判断基準が在って
己にとって揺らがない絶対的事実の見極め方が在るということ

それは何かと言えば【特別性】に他ならない

うまいこと特別性を使い ほくそえむ。

そもそも最初の段階で ぴんと来ないようにされてることにも 気づかないのだ

中の人で居る限り、
ちっちえーもの、ひとつでも判断基準や信頼があるならば騙されていく


だから 引っかかった言葉を使い騙すんだ

言葉じゃないよ、この中の状況とこの中の人、すべて

その時々の言い逃れのために在って

言うならば 借金を重ねたり 浮気を繰り返す人達の言い訳みたいなものだ


其処に真実なんて存在しない

今この時を免れるためだけにウソを重ねてるだけ

今を取り繕い 何とか逃げる為に重ねていく言葉、方便
それはその場を逃れるためだけに吐く言葉だから

ウソにウソを重ねてつじつまが合わなくなる

まさにあれと同じ
それを見ている周りは飽きれ果てる いやいや、言ってる事支離滅裂で
つじつまが合ってないから!

と言うほどに透けてみえる、意味のない戯言

宇宙の彼方までドン引くつーーーーとなる温度差



でも本人は全く気付かず つじつまは合っているんだよ

あれと全く同じことだ
 
偽りの中にどっぷりつかっているとソコに気づかない

フラクタルだな

統一性なんてどこにも存在しない、瞬間瞬間騙されるために動くのだから
ウソだもん

あの宇宙の彼方までドン引くつーーーーとなる温度差以上のことが起きている


ソコに 気づいたなら

己を、状況を、世界をコントロールしようなんて
発想はないから そんなもん考えないから

考えてるのなら、
そんなこと知ってる気づいてると思ってる己を隠れ蓑に

己が気づかないレベルで 世界にどっぷりはまり込んで つかってるんだよ

実際には 気づいてるという安心を盾に、刻々と騙される方向へ送られているんだ

あのドン引き以上のこの世界で 
ああする、こうするとか なにもしないとか
何をしたいとかおもうわけ?

思えるんか・・・?
考えられんのか・・・?

そんな抵抗ばかばかしいだけだ

分かるか・・・?

都合よいプログラムがインストールされてるだけのロボットの私が
何かしても全 ては偽るためにやった瞬間から

あらたにそこからどんどん嘘が生まれて世界は構築されていく


だから己が誰かとか 何者かとか感情や考えとか思考も 
ましては他者様はどーでもいいんだわ


どーでもいいで思い出した

好きにしたら?いいんじゃね?って言葉

アイアムOK、ユーアーOKという肯定、尊重ではなくて

ホント、己にも他者にも(親族を含めて)興味ないから 
あんたなんかどーでもいいよ、という意味だったんだね


んー、分かってなかった
むしろ 心理系の軽い分析をされたことで 結構びっくりしたわ

そういう解釈か・・・ もっと深い処で物事を見ていると勘違いしてたわ

気づいたのは 本人が己に対して色んな事を 許してないんだ
いいんじゃね?と言いつつ 枠が在る、(こうでなければだめ)完璧主義だったというのが分かった

これらは中の世界で言うと・・・という前提があって枠が在るからダメと言う話でもない



話を戻すと
統一性なんてどこにも存在しない、瞬間瞬間騙されるために状況も時も人も動くのだから
世界はウソだもん

 
ならば“私”がどうするとか
そんな無駄なことするわけないじゃん

何かやって こじらせてねじれが生まれるのなら

シンプルになにもせずにありえ~んという事実を積み上げていくほうが
結果が分かりやすいだろーが。

なんとなく言わんとすることは通じるだろう
と私は 勝手に高く見積もって期待してたんだな。



***










2016年11月9日(水) 22:48 *今のキロク* PERMALINK COM(0)




西暦2016年10月25日(火)

§ 2、3ヶ月前に想ったこと §

今まで 大きく分けて リアル知り合い、とネット上の知り合いが居た。

文字通り、リアルで逢うことがある知り合い、と
ネット上でしか言葉を交わしたことがない人という意味


それで、ネット上でつぶやいたことに対して思うことをブログに書いたこともある。

私としてはネット知り合いAが言ったことにこう思う、的なこと。

だけどAは自分のことだとは全く思っていなくて 
ネット知り合いBが己に対して言ってると思ったり
リアル知り合いCが己に対して言われていると思ったりしていた。

え???

いや、違うし・・・。


そんな時
私の中では、ネット知り合いBとリアル知り合いCは全然違うし、似てないよねと思っていたのに
ネット上で文字だけ読んでいたら ほとんど同じで 区別がつかないなと思った


えーなんで???
全然違ったのに・・・と思った。

おんなじやん、驚愕するけど


ずっと同じままで居ること、変化しないほうが稀なのかも

変わらないって、最強で最悪だ

それは何が起きても 絶対な価値観を持っているということだから


そして、結局の処 己の仮説に自信があるならば
(それは意識してるにせよ、無意識だろうが)

与えられた事実を
こねくり回して どうにか己の納得いくよう歪曲しながら 腑に落とす


それは、自分の世界の崩壊を防ぐため

自分が特別な存在だと納得するため


そう・・・特別の存在っていうとわかりづらいよね?

だけど己が納得いくように、解釈を加えてる行為そのものが
特別でいようとすることに他ならない


何を言っても言わなくても 変わらない

そもそも、その前に己の仮説がどーんと存在しているのだから

それに沿って、見て聞いて考えているのだから

それが揺るぎないエゴの土台ということだろう

腑に落ちたとか、腑に落ちないという感覚ですら
すでに偽りで 嘘なのだから・・・。


比べる為に絶対的な測りや物差しなんて はなからない、
信じられる何かや仮説自体がないならば・・・

うん、其処に、それが在るということそれすら気づいてないだろう

在ると気付いてないならこそ 己が在るって思えているのだ

もし、何もないのなら 

キミはホントに
そう解釈するのか・・・?

そういう結論に至るのか???


以前、魂とか感覚、己の思うことが絶対だ・・・

絶対だ、というのはそういう己の思う感覚
己の魂、己が思う私が居て 私が感じていると他の誰でもない私が思っているのだ、

私は在ると信じて疑わなかった私からの問いかけである

そう思う己の感覚、それはホントなの???
絶対だって思ってんの・・・?

本来、幻想っていうのは 土台がないってこういうことだよ


*つぶやきとして*







2016年10月25日(火) 16:33 *今のキロク* PERMALINK COM(0)


西暦2016年10月24日(月)

怒涛の1か月だった。

これを機にADSLをやめた

やっと平常に戻れそう

ネットも繋いだ






2016年10月24日(月) 16:19 *今のキロク* PERMALINK COM(0)
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